2010年5月24日月曜日

かっこよすぎる物理学者のDVD

先日のエントリで取り上げたBBCのドキュメンタリー、Wonders of the solar system。DVDを買って全編を見たので、ちょっと感想を書いてみます。

Wonders of the solar system

タイトルの通り内容は太陽系をテーマにした科学ドキュメンタリーで、全5回シリーズ。プレゼンターはマンチェスター大学のブライアン・コックス教授です。それぞれのエピソードごとに「大気」や「生命」などのトピックがあってそれらに関する"太陽系の不思議"を紹介する番組です。

番組内でコックス教授は地球上の様々な場所を訪れて、それと関連づけて太陽系の天体の研究結果や物理の基本法則の説明をします。(たとえば木星の衛星イオの火山の説明をするのにアフリカの火山の火口に行くといったように)。コックス教授はそのために成層圏から深海底までさまざまな場所を旅してまわります。

全体的にCGの使用が控えめで、探査機によって撮られた写真と地球上の自然を例に使って説明を進めていくのがポイントだと思います。

で、全5回を見終わった感想ですが、これはたぶん今まで見た科学ドキュメンタリーの中で一番面白いのではないかと思います。

どうしてこんなに面白いのかなと考えてみると、やはり、人類は昔より今のほうが多くのことを知っているから、かなと思いました。

現在、10年-20年前には想像することしかできなかった太陽系のさまざまな場所の様子が高性能の探査機によって、かつてないほど詳細に調べられています。そして実際の観測結果はコンピュータで作られたイメージよりもずっと説得力があり印象に残ります。土星の輪の粒子が衛星の重力でかきみだされる映像にはかなりしびれましました。

太陽系の様々な場所を実際に調べられるようになった現代に作られた番組だからこそ、今のものが一番面白いのだと思います。

それとやっぱりコックス教授がかっこいいです。

イギリス在住の人はBBCのウェブサイトで再放送がやっているので見ることができます。日本ではAmazonなどで輸入版が手に入るようです。

とてもお勧めです。

追記
土星の輪と衛星の写真がNASAのサイトにありました。番組内の映像は別の角度からの連続写真です。
Prometheus Creating Saturn Ring Streamers - APOD

2010年5月17日月曜日

[本]Why Evolution is True - 進化は真実か

Why Evolution is TrueWhy Evolution is True
Jerry A. Coyne

進化生物学者ジェリー・コインによる、現代の進化生物学についての解説書。邦題は「進化のなぜを解明する」。原題にあるように、進化が真実として認められている理由を進化生物学の様々な分野で積み重ねられた証拠をもとに解説していきます。

本の構成は最初の1章が、進化とはなにか、という進化の理論の基本的なアイデアについて。その後の2-4章はすでに知られている進化の証拠を、古生物学、発生学、生物地理学の3つの分野から紹介していきます。続く5-7章は進化のメカニズムについて。自然選択や種分化の理論の基本的な説明と近年の研究結果の紹介が主な内容です。最後の8-9章は人間の進化と進化論の人間社会への影響についてです。

本全体に進化理論は"検証可能な予測が行える"科学であるという考え方が貫かれており、文中のいたるところで理論に基づく予測とそれを支持する観測結果が進化の証拠として示されます。進化が科学的事実であるのは、進化の理論が充分にそれを支持する検証結果を積み重ねてきたからである、というのが筆者の基本的姿勢だと思います。

進化の証拠としては、化石、痕跡器官、生物の地理的分布と幅広く、かつ最も多く研究が行われている分野の研究結果がカバーされています。現代の進化生物学者が行っている研究を理解するのに最適の内容だと思いました。

ただ、この本が進化論を信じない人々を説得するのに充分か、と問われるとやはり疑問が残ります(おそらくそれがこの本の1つの目的だと思いますが)。筆者身が述べている通り、
The evidence is convincing, but they are not convinced.
証拠は納得するに足るが、納得していない。
だと思います。たぶんそこには「理解すること」や「信じること」の複雑な本質があるのではと思います。それと同時にアメリカの進化生物学者が向き合っている問題の難しさを感じます。

科学者はある理論が正しい理論であると判断することができますが、科学の理論を「信じる」ことはあまりないと思います。証拠によって支持された理論が正しいと判断することと、それが正しいと信じることは本来別のことです。しかし科学的事実にとってはそれほど重要でないことも普通の人にとっては重要かもしれません。特に信仰を持つ人にとっては。

少し長いですが筆者自身の意見として印象に残った部分を引用します。
It's not that we evolve from apes that bothers them so much; it's the emotional consequences of facing that fact. And unless we address those concerns, we won't progress making evolution a universally acknowledged truth.

我々が猿から進化したことが彼らを悩ますのではない;その事実に直面することの感情的帰結こそが問題なのである。その懸念に対応することなしには進化を一般的に認知される真実とすることはできないだろう。
進化生物学者が研究の結果の社会への倫理的な影響にまで責任を持つべきかどうかは難しい問題だと思います。また、たとえ科学者が説明を尽くしたとしても、人によっては進化が「信じる」に足るものとなりえないかもしれません。

このような困難な部分を除けば、非常によい進化生物学の入門書だと感じました。(実際には筆者の研究者としてのキャリアを考えれば"非常によいと思う"とかいうのもおこがましい感じです)

どちらかというと、進化論の布教のための本というより、良い進化生物学の教科書として学生や研究者に読まれるべき本だと思いました。

2010年5月16日日曜日

[論文]単一の祖先-進化の証拠

A formal test of the theory of universal common ancestry
Theobald 2010, Nature

現存する生命が単一の祖先を持つ、という説は多くの生物学者が正しいと考えている説ですが、この論文はその説を統計的な手法を使って初めてテストしたものということです。結果はやはり考えられていた通り、単一祖先説がもっとも良い説である、というものでした。

多くの研究者にとっては単一祖先説の正しさが示されたことよりも、水平伝播などの影響で、タンパク質ごとに進化の道筋が異なることが示されたほうが興味深いかもしれません。

また全体的に進化的説明の強力さを説いている部分が多く見られるので、はっきりと述べられてはいませんが、創造論者に対する反論も意図しているのかな、と感じました。論文の本文では直接触れられていませんが、テストされた仮説の中には、”人間だけが独立した祖先を持つモデル”が含まれていたりします。結果はそのモデルが最も悪いモデルだったようです。

追記(5月17日)
ナショナルジオグラフィックのサイトに下の文章より遥かにわかりやすい解説記事がありました。

全生物は同じ単細胞生物から進化した - ナショナルジオグラフィック ニュース

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以下詳しい論文の内容

全ての生物は共通の祖先から始まり進化してきたという説、単一祖先(universal common ancestry, UCA)説、は次の2つの事実から多くの生物学者によって支持されてきました。

  1. 生物が使う分子の多くが共通である(核酸、L型のアミノ酸など)
  2. 遺伝子のコードがほぼ全ての生物で共通である

しかし単一祖先説の正しさを統計的な手法を使ってテストしたり、他の説=複数祖先説との比較を厳密な方法で行った研究は今までありませんでした。

この論文で筆者は、単一祖先説と複数祖先説との2つのシナリオのどちらが現存する生物のアミノ酸配列を良く説明するかを比較することにより単一祖先説の正しさを確かめようと試みました。

筆者は現存する3つの生物のドメイン(真性細菌、古細菌、真核生物)の中から4種ずつを選び、それぞれが共通して持つ23のタンパク質のアミノ酸配列を利用して仮説の比較を行いました。単一祖先説は12の種が持つそれぞれのタンパク質が単一の系統樹にそって進化してきたとするモデル、複数祖先説はそれぞれのドメインが個別の独立した系統樹をもつモデルで表現され、それらがどれだけ良く現在の配列を説明するかが比較されました。

その結果によると、単一祖先説は他の可能性(いくつかの複数祖先説)よりもはるかに良く現存のタンパク質の配列を説明できました。単一祖先説は"少なくとも10の2860乗倍ありうる"と、筆者は具体的な数値を示しています。

生命の歴史の初期には多くの遺伝子が水平伝播(horizontal gene transfer、親子間を通さない異なる生物間での遺伝子のやりとり)によって異なる生物種間でやりとりされたり、細胞内共生などのイベントが起こったと考えられています。その影響を考慮したシナリオ(すなわち解析に使われたタンパク質が全て異なる系譜をもちうるモデル)を使った場合、水平伝播を考慮しないモデルより現在の配列をより良く説明できました。またこの場合においても単一祖先説は複数祖先説よりもはるかに良い説であることが示されました。

このような結果から筆者は、生物の系統関係とそれに沿って徐々に起こる変化(すなわち進化)によって配列の類似性を説明することが、複数の祖先を仮定するのに比較して、いかに強力な方法であるかを説いています。

以下メモ
-第一に考えられる問題点は、研究に使われたタンパク質が、そもそも同一の起源を持つ可能性のあるものである、という点。論文のなかでは、筆者はその影響は大きくないと述べている。
-実際にありうる水平伝播を伴った複数祖先のモデルは、複数の系統樹と単一の系統樹がタンパク質ごとに混ぜ合わされたモデル、あるいは、単一の系統樹上に複数のルートがあるようなモデル、だと思う。

2010年5月10日月曜日

海洋保護区問題-イギリス的な理屈

少し前になりますが、こんなニュースがありました。

UK sets up Chagos Islands marine reserve - BBC News

イギリス政府がインド洋に保有する領土、チャゴス諸島、を海洋保護区にするというものです。新たに創設される保護区内には商業的な漁業を一切禁止する領域が設定され、保護区全体の面積は50万平方kmで世界最大になるということです。またチャゴス諸島には200種類以上のサンゴと1000種以上の魚類が生息しており、世界でも有数の生物多様性が存在しているそうです。

生物多様性条約の締約国会議が今年行われることもあり、イギリスもそれにあわせて積極的な保護活動を行っているのかな、とNature podcastで聞きながら考えていたのですが、このニュースには続きがありました。そしてそれはとてもイギリスらしいものでした。

このチャゴス諸島にはイギリスから土地を貸与された米軍の基地があり、1960年代に基地の建設のために島の住民を無理やり退去させた、という歴史があるようです。その住民は今なおイギリス政府と島への帰還を巡って裁判を行っています。そして住民には、保護区の設定はイギリスによる島の領有を永続化するための方便に過ぎないと捉えられており、反発を招いているということです。

調べてみると、この決定に批判的な記事がいくつか見つかりました。

Chagos Islanders attack plan to turn archipelago into protected area - guardian.co.uk

Fury of Chagos islanders as Britain creates world’s largest marine nature reserve - Times Online

例えば上の記事の中で、保護区案に反対のモーリシャス政府の人物は”イギリス政府の計画は帰還を阻もうとするグロテスクなほど見え透いた計略”である、と批判しています。このほかにも”イギリス政府はチャゴス諸島の住民にはウミウシ程度の人権も認めていない”といった厳しい批判もあります。一方で、保護に賛成する環境保護団体は”もしチャゴス諸島住民が帰還したときに、彼らが資源を利用できるようにするのが保護の目的である”と、述べていたりします。
 
この問題をどのように解決されるべきかという意見は僕は持ち合わせていません。僕が偶然知らなかっただけで、長い歴史がある問題のようです。(おそらく選挙と政権交代の影に隠れて批判はうやむやのまま計画が進むのだと思います)

しかしこの問題はイギリスでしばしば見かける典型的な理屈がよく表れている例だと思います。他の例を挙げると、有名な大英博物館のパルテノン神殿の彫刻の問題があると思います。パルテノン神殿の彫刻群は長くギリシャ政府から返還を求める声があります。それを大英博物館は拒否し続けています。大英博物館の基本的な姿勢は、”文化財は人類の共有物”であり、それをイギリスの博物館に展示するのは”多くの公共の利益”がある、というものです。

過去に行った「悪行」を”人類の共有財産”や”自然保護”などの現代の美徳を使ってなんとか正当化しようとしているかのように見えるこの典型的な理屈は、見るたびにうんざりさせられます。そしてこのような正しい理屈をまとった悪徳がどれだけの人を苦労させているかを考えるとまたうんざりします。

2010年4月15日木曜日

[論文]加速する"生命の樹"の探索

Rapid progress on the vertabrate tree of life
Thomson & Shaffer 2010 BMC Biology

生物間の進化上の関係を調べる系統学、その最終的な目標は全ての生物の系統関係、すなわち"生命の樹"、を知ることだといわれています。

現在、系統関係を調べる方法の主流は遺伝子の配列を使ったものです。Genbankなどの遺伝子データベースに蓄積されているDNA配列データの量は指数関数的に増加しているといわれています。しかしその増加が生物の系統の解析の精度にどのように影響を与えているのかは、正確に測られたことがなかったようです。

筆者らは、Genbankのデータを年毎に累積し、それらのデータを使って系統解析をおこなうことによって、脊椎動物の系統樹の信頼性が1993年以降どのように増加してきたかを調べました。

その結果、脊椎動物の系統樹の信頼度はおおよそ2次関数に従って増加していることや、現在、系統樹内でブートストラップ値(信頼度の指標の一種)が50%を越える分岐が全体のおよそ4分の1に達していることがわかりました。

また、脊椎動物のグループの中にもサンプル数や信頼度に偏りがあることもわかりました。哺乳類や鳥類に含まれるグループはサンプル数、信頼度ともに高く、海生生物の値は鯨類を除いて全体的に低いということです。

この他にも系統樹の信頼性に最も影響を与えている要素は、グループ内でのサンプル比率(グループ全体の種数に対するサンプルされた種の数)であることや、遺伝子ごとの解析の結果、最も信頼性の高い系統樹を推定できる遺伝子はNADH脱水素酵素(ND2)やβフィブリノゲン(FGB)などであることがわかりました。

これらの結果から筆者らは、現在のデータの蓄積のスピードを考慮すると、2020年までに脊椎動物の全ての種のサンプルが終わり、30年後には相当な信頼度で全ての脊椎動物の系統は推定できると予測しています(図左 Thomson&Shaffer 2010より)。もちろん、これらの推定は採集の困難さなどを考慮していない推定であると補足しています。またこれらの結果をベースにして将来重点的にサンプルされるべき種や遺伝子を決定できるだろうとも述べています。

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遺伝子配列の解析スピードの増加は驚くべきものがあります。図に示されたような単調な増加はありえないかもしれません。あるいは、もしかしたらもっと早く脊椎動物の"生命の樹"は完成するかもしれません。

他の生物、特に最も多くの種が発見されている昆虫なども同様の増加を示しているのかが気になります。

以下技術的なメモ
遺伝子ごとの解析の結果、ND2がもっとも高い信頼性が得られたのがすこし不思議。
おそらく多くのサンプルが含まれている近縁のグループ内での推定だからだと思われる。論文内にもあるように、全ての階層でこの結果が成り立つかどうかはわからないと思う。

2010年4月13日火曜日

かっこよすぎる物理学者

先日のエントリの中で引用した、「ロックスター物理学者」ことブライアン・コックスの出演するBBCの番組、Wonders of the Solar Systemを見てみました。以前から気になっていたのですが、いままで見る機会が無く、今回エントリを書いたのを機に見てみることにしました。

エピソード1がイギリス国内からネットで見ることができます。
Wonders of the Solar System -BBC

感想を一言でいうと、

コックス博士がかっこよすぎます。

知性的な語り口、スタイリッシュな振る舞い、そして科学の素晴らしさを説く話の内容。どれをとっても理想的な科学者像です。

番組自体もとてもよくできています。宇宙をテーマにした番組ですが、CGをあまり使わず、地球上の映像や最新の探査機からの映像を多用しています。それらを使って地球の上で成り立つ物理の法則がいかに宇宙においても成り立つかを、わかりやすく、かっこよく説明しています。

イギリスに住んでいる人は上のサイトから無料で見ることができるので、見てみてはどうでしょうか。かなりおすすめです。

2010年4月12日月曜日

仕分け-日本の科学関係者に望むこと

世間を騒がせた”事業仕分け”の第二段が4月23日から始まるそうです。

仕分け第2弾、候補は54独立法人 大学入試センターも -asahi.com

実は仕分けの結果それ自体にはそれほど興味がありません。その理由を挙げると、まず第一に世間で話題になった多くの仕分け結果、たとえば京速計算機計画の凍結など、が後に政治家の裁量で見直されたこと、そしてよく指摘されるように仕分け人が国民の代表ではないこと、などです。

このあたりを見てみると仕分けというイベントは、問題があるとされる事業を国民の前に持ち出すこと自体が1つの目的であって、そこで議論されている内容や結果は政治家が最終的な結果を出すための参考程度なのかなと思います。そもそも1時間程度の議論で何十億円のお金を動かせるはずがないとも思いますが。

ただし、仕分けに対する周囲の反応には興味があります。特に「巨大科学の予算を削減すべき」という意見が科学・技術分野に携わる多くの人々にセンセーショナルに受け止められたことは印象に残りました。

日本の外から見ていて多少違和感を感じた点は、その意見に対する多くの反応は批判的で、なかには”日本社会の基礎科学に対する無理解”を厳しく指摘する意見や、”日本の科学技術は死んだ”というような意見までみられたところです。例えば、このような記事がありました。

世界に誇る「科学インフラ」が、なぜ「税金のムダ」なのか? 存亡の危機に瀕した日本先端科学の象徴「SPring-8」 -日経ビジネスオンライン

批判は最終的にはノーベル賞+フィールズ賞受賞者が意義を申し立てるまでに発展しました。

まず忘れてはいけないのは、今はどこの国にもお金がないことです。イギリスでも予算の削減は常に叫ばれています。”役に立たない科学”が真っ先に疑問を向けられる対象になるのも同じです。だから「税金を使う価値があるのか?」という質問に科学者が答えなければならないのは日本だけでなく、イギリスでも、おそらく世界のほとんどの国でも同じです。

 前回の事業仕分けでは、おそらく日本では初めて公の場で「税金を使う価値があるのか?」という質問が科学に対してなされた機会ではないかと思います。その問いに対して「日本の科学は終わった」と答えるのはナイーブすぎます。

先日のEvening Standardのインタビュー記事でLarge Hadoron Collider(LHC)の必要性に関する質問に答えている素粒子物理学者ブライアン・コックスは、
All the great, paradigm-shifting discoveries have come from people who are curious about nature
全ての偉大な、パラダイムを変化させるような発見は自然に対して興味を持った人たちから生まれてきた
と述べて、科学研究それ自体の重要性を説き、さらに国民一人あたりの税金による負担はそれほど高くないこと、LHCが頻繁に止まるのは故障や信頼性の低さからくるのではないことなど、プロジェクトの内容やコストパフォーマンスを説明しています。

本来、科学者や技術者が取るべき対応は自分たちがしていることの価値を説明することのはずです。基礎科学の有用性を説明することは常に難しいですが、科学すること自体に価値があることは歴史が示しています。実は上の日経ビジネスの記事も科学技術の価値をたくさん書いています。しかしその目的は仕分けや予算削減を批判することに向けられているように見えます。

日本もイギリスも科学のおかれている立場はそれほど大きく変わらないと思います。ただ、イギリスや他のヨーロッパの科学者はより説明することの重要性を理解しているように見えます。(もちろん多くの科学者はそれを多少”生臭い”ことであると考えているようにも思いますが、悪いことと捉えているようには見えません)

対話と相互理解以外に対立を解決する方法はありません。日本の科学者は権威主義におちいらず、自らを説明し対話していってほしいと思います。

2010年4月5日月曜日

遺伝子特許は無効?

In Surprise Ruling, Court Declares Two Gene Patents Invalid -Newsweek
End of Gene Patents Will Help Patients, Force Companies to Change -Wired Science

遺伝子に対する特許は無効であるという判決がアメリカの裁判所で出たそうです。

上の記事によると、Myriad Geneticsという会社の遺伝子特許に関する裁判の結果、同社が保持する乳癌と卵巣癌の原因遺伝子(BRCA1, BRCA2)に対する特許は無効であるとの判決が言い渡されたそうです。加えて判決は、全ての遺伝子の特許の有効性に対しても疑問を投げかけたということです。(判決の内容(?)はこちら。英語と法律に詳しい人は読んで内容を教えてください)

裁判は遺伝学者や癌患者等からなる団体と、アメリカ特許庁、特許を保持するMyriad社との間で行われました。判決では、特許の存在は女性から乳癌治療の選択肢を奪っていること、そしてそもそも遺伝子は"自然の産物"であることなどの理由から、BRCA1と2の特許は無効である、とされたそうです。

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特許庁のサイトによると遺伝子の特許が認められるとする根拠は、

自然界に存在する生物から抽出・精製等により単離された化学物質は、機能(例:抗菌作用)が解明されれば特許の対象となる。さらに、病気の治療に用いるといった用途を開発すれば、治療薬等として特許している。

ということのようです。たとえばカビから抽出されたペニシリンのような物質はこれに当てはまると思います。たしかに特定の遺伝子が"自然界から抽出された化学物質"であるならば、医薬品と同様に特許が認められるべきだという意見は筋が通っています。現在でも多くの生物学者が未知の有用な物質を求めて、熱帯雨林の生物を調べて回っているとも聞きます。

一方で遺伝子に対して特許を認めることには、違和感を感じていました。

上の2つの記事にもあるように、"遺伝子は発見されるものであって発明されるものではない"というのがひとつの根拠かもしれません。通常科学的な発見は特許にはなりません。物理学者がブラックホールの特許をとることはできないように、癌の原因の遺伝子を発見しても、それを特許にすることはできないと考えるのが自然だと思います。(もちろん、それを使った癌の早期診断などは特許の対象になるはずですが)

加えて人間の遺伝子は、カビや熱帯産の未知の植物と違って、全ての人が持っているものであることも違和感の原因かもしれません。それをオリジナルの発明として特許を主張するのは奇妙だと感じます。

遺伝子の特許は、人の遺伝子研究を加速させたという点で、有効であったとも思います。多くの研究機関や企業が、病気の原因遺伝子を特定する研究で特許をめぐって競争を行ってきたことは、遺伝子を使った医療の発展を押し進めたはずです。しかし、それによって生まれた特許がさらなる遺伝子の研究や治療法の発展を阻害するのであれば、遺伝子の特許のメリットは失われていくと思います。

記事によるとMyriad社らは控訴をおこなうようです。その結果がどうなるかに注目したいと思います。また日本の大学やベンチャー企業も多くの遺伝子特許を持っているはずです。彼らがどのような対応をするかも気になるところです。

2010年3月31日水曜日

[論文]水陸両用のイモムシ発見される

Multiple aquatic invasions by an endemic, terrestrial Hawaiian moth radiation
Rubinoff & Schmitz 2010 PNAS

水中と陸上で同様に生活できるガの仲間の系統と進化に関する論文。

水中と陸上とで同様に生活できる昆虫の存在は従来知られていませんでした。しかし、この論文で紹介されている、ハワイのみに存在するHyposmocomaと呼ばれるガのグループは、水中でも陸上でも同様に活動でき、水中で蛹になることもできるということです。

DNAを使った系統解析の結果から、Hyposmocoma属の中の、特徴的な殻の形をもつ 3つのグループはそれぞれ単系統であること、そして、水中への適応はそれぞれのグループで独立に獲得されたことがわかりました。このような「水陸両用」な生活形態が複数回独立に獲得されたことを示す例は他には存在しないとのことです。

このような特殊な適応が複数の近縁の系統に何度も表れる現象はハワイのほかの生物にも見られるようです。筆者らは、そのような現象とハワイが他の地域から隔絶されていることとの関連性を指摘しています。ハワイには大陸の水系に存在する多くの水生昆虫が存在しないため、水中への適応が進化する機会が多く存在した可能性がある、と述べられています。

また、筆者らは、このガのグループはほとんどが特定の火山にある渓流近くにのみ生息し、開発などによって減少が心配される、もしくはすでに絶滅した可能性がある、とも指摘し、先手をとっての環境保護の重要性に触れています。

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この論文は新聞で紹介されていたのを見て知りました。

「水陸両用」のガの幼虫、米科学者が発見 -YOMIURI ONLINE

「水陸両用」なのも驚きですが、見た目がトビケラに良く似ているのも驚きです。特徴的な形をした殻を作ることや、絹糸を使って体を固定するといった、水中への適応も同じです。

論文を読んだ限りではハワイにはトビケラはいないようです。トビケラと近縁のガの仲間が同様の形質を進化させて、本来トビケラが入っているニッチに入っている(入りつつある?)、というのは、進化の予測可能性とか、以前紹介した論文にもあったPhylogenetic conservatismとかに関係があるような気がします。

(論文の内容はPNASにアクセスできないと見れませんが、Supporting Informationの動画は見ることができるようです)

2010年3月30日火曜日

ノートを探して

新しいノートを探しています。

以前使っていた大学のロゴの入ったものが、たった1年で見る影もなくボロボロになってしまったので、新しいものを買うことにしました。前のものは紙のハードカバーのものでしたが、こんどはより頑丈なものにしようと考えました。

しかしいざ探してみるとこれといったものがなかなか見つかりません。

大学の先生たちは、どこから手に入れてくるのか、シンプルで頑丈そうなハードカバーのノートを持っているんですが、そういったものが見つかりません。大学の生協(に相当する店)には以前使っていたもの以外には1種類だけしかありませんでした。

他の文房具店を巡ってみても、あまり収穫がなかったので、結局生協のものを買うことにしました。イギリスではわりとメジャーなBlack n' Redというブランドのものです。

しかし、このブランドのノートはあまり好きではありません。

まず第一に重過ぎるし、地下鉄の路線図とか不要なものがついていて気に障ります。”サヴィル・ロウのスーツをもらおう”みたいなキャンペーンもブランドイメージ作りに必死な感じがして、微妙な感じです。さらにこのノートはとある有名研究者も使っていると知って、さらにやる気が減少しました。(別にその有名研究者が嫌いなわけではありません。ただ有名人と同じということが嫌なだけです)

なにより腹が立つのは、そのくせ、やけに頑丈で、なおかつ書きやすいことです。頑丈なノートを探しているので、このノートは最適かもしれません。

嫌いな人が優秀だったときに感じるやるせない感情をノートに感じることになるとは。

結局、いまのところこれ以外に選択肢はなさそうなのでとりあえず、black n' redを使うことにしましたが、他の選択肢がないか引き続き探索中です。

2010年3月23日火曜日

[本]The Oxford Book of Modern Science Writing - 科学者の展覧会

The Oxford Book of Modern Science WritingThe Oxford Book of Modern Science Writing

Richard Dawkins

リチャード・ドーキンスによる、科学者が書いた文章のアンソロジー。邦訳はまだされていないようです。

本の内容は20世紀の著名な科学者が書いた本や論文からの抜粋に、ドーキンスが短い紹介文を付けたものを集めたものです。

取り上げられている科学者は、アインシュタインやホーキングといった世界的に有名な物理学者から、フィッシャーやマイアといった20世紀前半の進化生物学者、DNAで有名なワトソンとクリックなどの分子生物学者、それに加えて古生物学者や数学者などです。20世紀の科学の発展の様子がよく理解できる、多様で幅広い選択です。

実は正直に言うとこの本、読む前はそれほど内容には期待していませんでした。いくらリチャード・ドーキンスが編集したとはいえ、本や論文の一部分を取り上げただけで、それぞれの科学者の偉業が理解できるはずがない、と敬遠していました。

しかし、実際に読んでみると、とても面白かったです。

まるで、美術館でたくさんの画家の絵を順番に観るように、次々に個性的な科学者の文章が現れます。数ページの文章だけで科学者1人1人の全てを理解することは到底できませんが、多くの文章をざっと見ることで科学者たちの個性やアイデアの多様さを感じることができます。

また、印象に残った科学者の文章の原著を実際に読んでみる、という科学書の世界へのプライマーとしても良くできています。(ドーキンス自身がそれがこの本の役割であると述べています)

個人的な好みを言うと、やはり生物学者の文章が気に入りました。例えば、レイチェル・カーソンの英文はこの本で初めて読みましたが、とても綺麗で、カーソンが環境保護のリーダー足りえたのはその文才によるところもあるのかな、と感じました。ほかにも、分子生物学者シドニー・ブレナーの新千年紀にむけた新しい生物学の方向性を説いた文章は、普通の一般向け科学書には取り上げられそうにないですが、内容がとても示唆に富んでいると思います。

ちょっとした枕になりそうな大きさの本ですが、1つ1つの抜粋は短いので、暇な時に少しずつ読みするめることもできます。そんなところも良い点だと思います。

2010年3月20日土曜日

マグロについて日本政府に望むこと-2

1つ前のエントリーではこちらのニュースにあるクロマグロの禁輸案の背景についてまとめました。このエントリーでは、日本政府が根本的な問題解決のためにできると思うことを書いてみます。

今回問題になった禁輸案のような対立はあらゆる漁業資源におこりうることです。それらの対立を解消する最も自然な方法は、日本の政府自身が持続可能な漁業の実現に積極的にとりくむことだと思います。

以下に日本政府に期待する積極的な取り組みかたのポイントを挙げてみます。

1.持続可能な漁業に対する取り組みでリーダーシップを発揮する
上の読売新聞の記事で赤松農林水産大臣は以下のように述べています。
"資源管理については日本の積極的な姿勢を各国に訴えてきた。我々が想像した以上の良い結果が出た"
そして、次のようにも述べています。
"太平洋、インド洋などでも資源管理、調査を行い、日本がリーダーシップを取っていくことが大事だ"
近年のヨーロッパでは"持続可能でない自然の利用は一切認めない"という方向に社会が動いています。スーパーの魚売り場に行けば必ず"Sustainably sourced ○○"と持続可能性に関する記述が見られます(たとえばこのようなマークがついている)。だから、今回のEU諸国の提案は現在の流れを考えると当然のものとも考えられます。

日本人はこのような提案を理不尽な外圧と捉える必要はないと思います。

知ってのとおり日本には多様な魚介類の食文化が存在します。多様な食文化は海の生物多様性の反映であり、日本人の誰も乱獲によってその多様性が失われることを望んではいないはずです。

ゆえに、日本の政府は、"日本人の食文化は海の生物多様性によって支えられている、ゆえにどの国よりも率先して資源の管理に参加する"という態度を表明するべきだと考えます。

(これは、日本人の食文化に対する思いをヨーロッパの人々に理解できる言葉に訳して伝えると言い換えることができるかもしれません。)

まず、赤松農相がいうように日本が厳密な資源管理を行ってきたのなら、そのことを積極的に伝えることです。(伝える方法は"科学的"に。これは2.で書きます)

また、今回の提案の原因になったクロマグロの減少は、輸出のための乱獲が原因の1つだと言われています。直接の漁獲量だけでなく、輸出入に際して、持続可能な漁が行われているかどうかの追跡を可能にするルール作りにも参加する必要もあります。

2.科学的な方法で成果を伝える
上にあげた取り組みの結果は"科学的に"世界に発信していくべきだと思います。

これは、日本が現在行っている調査捕鯨のような、別の意味で『科学的』な方法ではなく、通常の科学の方法で成果を発信することを意味しています。

国の機関が調査の結果を伝えるという形式ではなく、第三者である研究機関や大学の研究者の手で、資源管理の有効性を調べ、学術論文として発表する、という形をとるのが最もわかりやすく、説得力があり、かつ透明性のある方法だと思います。

日本の政府や漁業者の取り組みは海外のメディアには常に伝わりにくく、欧米の運動家や政治家の英語以外で書かれた情報に対する感度は低いものです。また政府関連機関の発表は日本のものに限らず疑いの目で見られがちです。

学術論文は最も説得力のある日本人の取り組みの証拠として受け入れられるはずです。加えて、科学的な情報発信は、日本の科学者が常日ごろ行っていることなので、政治的な駆け引きをするよりも簡単でかつ安全です。

+α.ルール作りはユニバーサルな方法で
日本政府がリーダーシップをとるときに気をつけるべきことは、"日本独自の手法"にこだわらないことだと思います。以下のblogエントリに書いてあることは日本人が国際社会でリーダーシップをとるときに常に気に留めておくことだと思います。

日本色の付いた技術ではもう世界で勝てない -フランスの日々

以上です。

これまで、日本政府、そしてなにより日本のメディアは、水産資源に関する欧米諸国との対立を、政治的あるいは文化的な対立として国民に伝えてきました。今回の禁輸案の否決に関しても政治的駆け引きの成功を伝えるニュースがメディアによって伝えられています。

このような姿勢が原因か、ヨーロッパ諸国に対する反感を表す意見もネット上で見られます。

生物資源の利用を考えるとき、"獲りすぎた結果、獲れなくなることを望む人はいない"という最も基本的で、全ての文化に共通する前提を決して忘れることがないようにして欲しいと思います。

マグロについて日本政府に望むこと-1

ここ数日日本のメディアを騒がせていたクロマグロの禁輸に関する問題は、一応の決着がついたようです。

大西洋・地中海産クロマグロ禁輸案を否決 -YOMIURI ONLINE

日本の水産や流通関係者はとりあえず胸をなでおろした、といったところでしょうか。

しかし、大西洋においてクロマグロが減少していることが事実であるならば、同様の提案は遅かれ早かれまた行われると思われます。その度に、政治的駆け引きで乗り切るのもよいですが、日本政府はそろそろ根本的な問題の解決を目指していくべきだと思います。

そこで問題解決に際して日本政府に期待することを少し書いてみたいと思います。

僕は保全生物学の専門家ではないですし、国際機関の舞台裏を知っているわけでもありません。ここではインターネットを介して得られる情報と生物学を学ぶ学生としての常識的判断に基づいて書いていくことにします。

まず、問題の背景から始めます。

今回のワシントン条約の締約国会議で大西洋クロマグロ(以下クロマグロ)の禁輸が提案された直接の理由は、去年11月の「大西洋まぐろ類保存国際委員会」(以下ICCAT)の会合で決定されたクロマグロの漁獲枠における対立にあるそうです。かねてから減少が指摘されていたクロマグロの絶滅を防ぐにはICCATの漁獲枠は大きすぎる、とEU内のいくつかの国が主張しました。それらの国は絶滅危惧動物の保護を目的とするワシントン条約においてクロマグロを絶滅危惧種として扱うことによって取引を大幅に規制し、それによって保護を進めようと試みました。

クロマグロの最大の輸入国である日本にとって、この取引の規制が実現することは大きな問題でした。(WWFのウェブサイトによると世界で消費されるクロマグロの80%を日本が消費しているとのことです)

クロマグロの輸入が行えなくなると、外食産業、輸入業者などが受ける打撃は大きく、日本としてはこの提案をできれば否決したい、との考えの下、多くの交渉活動を行ったようです。

結果、今回提出された、モナコによる案、EUによる案がともに反対多数で否決されたとのことです。提案が否決された背景には日本の活動だけでなく、反欧米主義やEU圏内での対立もあったようです。

このような形で今回の提案は否決されましたが、調査によるとクロマグロの量は乱獲が行われないときと比較して15%にまで減少しており、加えて、ICCATの科学者の提唱する持続可能な漁獲量は会議に参加した国には受け入れられなかったそうです。(こちらもWWFより)

日本によるクロマグロの輸入量は年々増加しています。一方でヨーロッパにおいては持続可能な漁業は"常識"になりつつあります。

このままクロマグロの乱獲が続き、資源量が減少するなら、漁業の持続可能性を重要視するEU諸国から将来同様の提案が持ち出される可能性があることは想像に難くないと思います。

そこで日本政府にはこのような提案に対して場当たり的な政治的対応をするだけでなく、問題の根本的な解決を進めて行くこと、すなわち持続可能な漁業の推進により積極的に関わっていくこと、を期待したいと思います。

もう少し具体的な内容は次のエントリで。

2010年3月15日月曜日

種分化の原動力-2

先日のエントリではこちらの論文を紹介しました。

この論文はそのセンセーショナルな内容のためか、さまざまな場所で取り上げられたようです。

先週のNew Scientistの表紙を飾った記事、

Accidental origins: Where species come from -New Scientist

やNature Podcastのインタビュー、大学でのジャーナルクラブ(論文の輪読会のようなもの)のお題になったり、日本のブログでも取り上げている記事がありました。

赤の女王仮説 -サイエンスあれこれ

比較的良く知られているように、ダーウィンは著書『種の起源』の中で種分化の原因を必ずしも明確に説明していません。ダーウィンは自然選択によって適応的な進化がおこることを明確に示しました。しかし種分化については異なる適応の結果、異なるタイプの生き物のグループ、すなわち新しい種、が生まれるのは自明であるようにあつかっていたと記憶しています。(うろおぼえですが)

しかし、この論文の結果は自然選択は種分化の主原因ではない可能性を示しています。

論文内の印象的な部分を引用してみると、
"通常、種分化の後徐々におこる遺伝的な、もしくはその他の変化は、生殖隔離を引き起こしたイベントの原因であるよりは結果のようである"
と、筆者らは述べています。

この考え方は、"種分化は適応的な変化によって徐々に引き起こされる"という従来の考え方に反しています。その点がメディアなどで取り上げられた理由だと思います。

しかしこの結果には納得のいく部分が多くあります。

まず自然のなかで実際に観察される種分化の痕跡は、ほとんどが稀なイベントの結果と考えられているからです。たとえば、地理的な隔離や離島への稀な移住のイベント、染色体数の変化などはすべてこれらに当てはまります。それに加えて生物の移動能力(稀なイベントの起こりやすさと考えられる)が種分化の頻度と関係があることも知られています。

ガラパゴス諸島のフィンチのように明らかに自然選択による適応の結果、種が分化したように見える例も存在します。しかし、このような明確な例はそれほど多くみつかっていません。(それを支持するとされる間接的な観察結果は多くあると思いますが。)

また、ショウジョウバエなどをつかった種分化と自然選択に関する研究も、選択を受けるハエのグループ間はすでに隔離されていることが前提になっています。

自然界において"自然選択の結果徐々におこる種分化"があまり観察されないのは、そもそもそれがあまり起こっていないからかもしれないというのは筋が通った考えだと思います。

しかし同時に種分化のプロセスが完全にランダム性のみに支配されているというのも、少し居心地の悪い気がします。

上のNew Sceintistの記事の中のDaniel Raboskyの指摘は的を得ていると思います。
"隔離の原因になることと分化の原因になることの2つが必要である"
もし隔離のイベントが起こったとしても、完全な分化は自然選択無しでは起こりえないかもしれません。Pagelのいう"稀なイベント"がどれだけ稀であるかは、自然選択の存在によって決定されるのかもしれません。

いずれにせよ、筆者らがいう"稀なイベントのカタログのサイズを知ること"は種分化の研究の重要なポイントになると思います。

2010年3月14日日曜日

種分化の原動力-1

Phylogenies reveal new interpretation of speciation and the Red Queen
Venditti et al. 2009 Nature

種分化の原動力は自然選択ではなく稀なイベントであることを主張する論文。

この論文を最初に読んだのは12月でした。そのときは、内容やその解釈が難しかったのと、"種分化は稀なイベントによって起こる"という結論に対しても「なるほど、そうかも」ぐらいしか感じなかったので、きちんと読んでいませんでした。

ところが、この論文はメディア等に何度か取り上げられて話題になっているようです。マクロな進化の研究論文がメディアに登場することがあまりないのと、改めて読んでみるとかなり議論の的になりそうなことが書いてあったので紹介します。

長くなりそうなので、このエントリでは論文の内容の紹介のみをしたいと思います。

筆者らは、101の生物のグループから得られた系統樹の枝の長さのデータを使って、系統樹上における種分化の待ち時間(すなわち系統樹の内側の枝の長さ)の分布がどのような種分化のモデルによって最も良く説明されるのかを調べました。

比較に使われた分布は、(1)正規分布、(2)対数正規分布、(3)指数分布、(4)複数の指数分布の組み合わせ、(5)ワイブル分布の5つで、それぞれが異なる種分化のモデルから予測される枝の長さの分布をあらわします。

(1)は微小な種分化の要因が加算的に積み重なったときに種分化が起こるモデル。(2)は要因が積算的に積み重なったとき。(3)は一定の確率でおこる稀なイベントがそのまま種分化につながるとき。(4)は(3)が生物の系統ごとに異なる確率で起こるモデル。(5)は種分化の確率が時間によって変化するモデルをあらわしているそうです。

これらの分布のどれが系統樹の枝の長さの分布のデータとマッチするかを、筆者らは2つの方法で調べました。そして、そのどちらの結果においても指数分布(3)がもっとも良く観測された分布とマッチしたことを報告しています。

具体的には78%の系統樹は(3)と一致し、その後にワイブル分布、対数正規分布、(4)が8%、8%、6%と続き、正規分布と一致したデータはありませんでした。この傾向はすべての生物のグループにおいて共通でした。

この結果から筆者らは、多くの種分化はある1つの重要な稀なイベントの弾みによって起こっており、小さな原因が積み重なって起こる(すなわち自然選択によって徐々におこる)のではないと考えられると述べています。

また、この指数分布を生じるモデルの元では種分化は一定の確率でおこります。これはタイトルにある"赤の女王仮説"の予測する結果と同じです。しかし稀なイベントによって種分化が生ずるというモデルは、生物は常に競争に勝つために進化し続けるという赤の女王モデルとは一致しません。

そこで筆者らは赤の女王仮説の解釈の見直しを主張し、以下のように述べています。
"種は常に同じ場所で走り続けているというよりも次の種分化の原因を待っている"
また、
"種分化は自然選択の漸進的な力から自由であり、かならずしも他種や環境との『軍拡競争』を必要としない"
とも彼らの考えを表現しています。

この他にも種分化の確率が系統ごとに変化するモデル(4)と一致する系統樹がほとんど存在しなかったことから、従来知られている種分化のスピードが急速に変化するイベント(適応放散など)は進化の歴史において一般的ではないと述べています。

最後には種分化の研究において着目するべきなのは、ある生物のグループにどのような"稀なイベント"がおこりうるかをリストアップすることが、特定の適応のプロセスに着目するよりも重要であると、将来の研究の方向性を示しています。

なるほど、これはちょっとした話題になりそうな論文です。

この結果の解釈とメディアでの紹介については次のエントリで書こうと思います。


以下技術的なメモ
-形がとても似た5つの分布間のモデル選択を十分に正確に行えるのか
-枝の長さを通常の時間ではなく、分子進化の速さで計った部分がクール
-筆者らのモデルとは異なる仮定に基づく、"赤の女王"モデルがなぜ同様に種分化一定の系統樹を生じるのか
1つ目は2つの手法を比較してその結果がともに同じ結果を示していたので、信頼できるとは思いますが、どうしても疑いの目で見てしまいます。
2つ目は種分化の時間を推定することによるバイアスよりも、分子進化の速度のバラツキのほうが統計的に扱いやすいからでしょうか。
3つ目はオリジナルの"赤の女王"論文にあたってみるしかないみたいです。

2010年3月11日木曜日

[論文]ソローの森と絶滅のリスク

Phylogenetic patterns of species loss in Thoreau's woods are driven by climate change
Willis et al. 2008 PNAS

気候変動による絶滅のリスクは系統樹上の特定のグループに偏っており、同じく偏りがある気候変動に対応する能力との間に相関関係があることを示した論文。

『森の生活』で有名なナチュラリスト、ヘンリー・D・ソローはアメリカ、マサチューセッツ州のコンコードの森で何年にもわたって植物の分布や花の開花次期を調べ、その記録を後世に残したそうです。そのコンコードの森は現在大部分が保護区に指定され、現在も植物の分布の調査が行われています。驚くべきことに森の60%が保護されているにも関わらず、27%の植物種がソローの時代から150年の間に失われたとされています。

そこには地域レベルの環境破壊の影響だけでなく、グローバルな気候変動の影響があると考えられます。

気候変動の影響は特定のグループの植物により大きく現れることが知られています。このような進化上近縁にある種がランダムが予測するよりも似通った特徴をもつことを、系統上での保存性(正しい日本語訳は知りません、phylogenetic conservertism)といいます。

この研究では特定のグループ内の種に共有される(すなわち系統上で保存される)特徴が、絶滅のリスクといかに関係しているかを調べています。

150年前、100年前、現代に行われた大規模な植物相の調査の結果と調査でみつかった植物の系統関係から、筆者らは、植物の開花次期の変化、開花次期の気温に対する反応とアバンダンス(生物の存在量のようなもの)の変化はともに系統樹上で保存されていること、そしてそれらに相関関係があることを示しました。

具体的には、顕著に個体数が減少したのはキクやランといった特定のグループに含まれる種でした。また開花次期が150年間で変化していない植物は個体数が減少し、冬の気温にあわせて開花次期を変化させる能力がある植物の個体数はあまり減少していませんでした。

この結果から、気候変動の生態系への影響を予測するとき、生物種の気候変動に対して反応する能力を考慮する必要があると筆者らは主張しています。

また系統上保存される特徴と絶滅のリスクの関係は、過去に起こった大量絶滅のパターン、特定のグループが大量に絶滅する、を説明する可能性があるとも述べています。

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面白い論文だと思います。
有名なナチュラリストであるソローが調査したフィールドを対象にしたこと。気候変動の影響というタイムリーなトピックであること。そして、気候変動の影響を受けると思われる特徴(開花次期)を上手く選んで、それがグループごとに偏っておこる個体数の減少を説明することを示したこと。

まず、ソローの時代と比較して4分の1もの種が森から姿を消している事実に驚きました。このことは自然保護区などによる環境保護の限界を示しているのかなと思います。

そして、系統上のグループで共有される特徴が、非ランダムな絶滅のリスクを説明するというアイデアは、筆者が述べているように、他の生物にも広く適用できそうです。


いくつか気になった手法上の点をメモしておくと、
-不完全な系統樹を使って変数間の相関関係を調べていること
-アバンダンスの変化という進化しないと思われる特徴のconservatismを調べていること
このあたりの妥当性はちょっとよくわからないので、次の勉強の課題です。進化しない特徴でも、系統樹上での偏りは調べられそうな感じはしますが。

2010年3月8日月曜日

[論文]グッピーの進化と生態系への影響

Local adaptation in Trinidadian guppies alters ecosystem processes
Bassar et al. 2010 PNAS


生態系のプロセスに、短期間で起こった進化がどのような影響を与えるかを実験で確かめた論文。

筆者らは、異なる環境で異なる表現形を進化させているグッピーを使って、進化がどのように生態系のプロセスに影響を与えるかを確かめる実験を行いました。

具体的には、2種類の環境(ここでは肉食魚による捕食圧の違い、HP: high predation, LP:low predation)から持ってきた、異なるタイプのグッピーを同じ環境のメソコスム(自然を再現した大きな水槽のようなもの)に入れて4週間飼育し、藻類や無脊椎動物の存在量や窒素やリンの存在量といった生態系のプロセスを示す量を比較しました。

その結果、高い捕食圧の下(HP)で進化したグッピーを入れたメソコスムでは低捕食圧(LP)のものと比べて藻類による生産性は多く、落葉の分解のスピードや無脊椎動物の存在量は少なくなることが観測されました。

これらの違いは、HPとLPのグッピー間の個体群の密度の違いによって生じた採餌行動やNH4の分泌量の違いが連鎖的に生態系に影響を与えた結果であろうと筆者らは述べています。また実際のHPグッピーが生息する環境では高い藻類の生産性が観られ、捕食者とグッピーの相互作用が生態系の生産性に影響を与えている可能性を指摘しています。

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はじめにこの論文のタイトルを見たとき、実際の進化をメソコスム内で起こしてその影響を調べる実験を行ったのか思ってちょっとドキドキしましが、実際には既に進化したとわかっている2種類の表現形を使ってその影響を調べたものでした。

直接進化を起こしたわけではなくても、その結果はとてもにおもしろいと思いました。

特に、結論で筆者も述べているように、生態学ではある種の個体は基本的に生態系内で同じ役割を果たすことが暗黙の内に仮定されていました。しかし、それが非現実ではないかとも言われてきました。この実験では、実際に異なる環境下で進化したグッピーの個体群は、生態系での役割も変化させることを示しています。

この結果は今まで静的に捉えられていた食物網や物質の流れは進化によって動的に変化すると言い換えるられるかもしれません。

進化生物学と生態学を統合する研究はこの研究に限らず最近の流行のようです。

2010年3月6日土曜日

[論文]進化生物学者への呼びかけ

Evolutionary Biology in Biodiversity Science, Conservation, and Policy: a Call to Action
Hendry et al. 2010 Evolution

進化生物学者は問題解決のためにもっと社会と関わっていくべきである、という意見を表明した論文。

共著者の数は18人。名の知れた進化生物学者の名前が見られます。

今まで進化生物学者は、生態学者などに比べて、自分たちの知識を社会の役に立てるための積極的な活動をあまりしてこなかった。しかし、現在の生物多様性の損失などの問題に対応するには進化生物学の知識は社会にとって不可欠である。そこで進化生物学者はそれらの問題解決のためにより積極的に知識を提供していこう、というのが全体の内容です。

進化生物学者が関わっていくべき分野は、以下が挙げられていてます(3と4は実際には一体になっている)。

1) 多様性の記述。分類学や系統学は多様性を記述する学問であり、生物多様性の理解の基礎になる。現代ではより簡単に誰でもアクセスできるデータベースの構築も含まれる。

2) 多様性の起源を理解する。現在の生態系は進化的時間の中で形作られており、その起源となるプロセスを理解することが、保全の優先順位の決定や人間活動の与える影響を予測する基礎になる。

3&4) 人間活動によって起こる進化とそれが生態系にあたえる影響の理解。人間活動が従来考えられていたよりもずっと速い生物の進化を引き起こすことが近年知られてきた。また速いスピードで起こる進化が生態系に与える影響の研究も行われている。その2つをあわせ、生物の人間活動への進化的反応と、そこから生じる生態系への影響を理解することが、生態系の保全をはかる上で欠かせない。

以上の4つのことで進化生物学者は社会に貢献できるとのこと。

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進化生物学がなんの役に立つのか、と聞かれたら、僕はは少し答えに窮してしまいます。役に立たないけど興味深いです、と答えるかもしれません。(もちろん役に立つ進化の研究をしている研究者は多くいますが)

この論文はそんな進化生物学者が社会に貢献できる分野を、流行の生物多様性の問題とからめて、上手く整理して挙げていると思います。自分自身やや同僚がやっている研究も上の4つの領域の少なくともどれか1つには当てはまるように見えます。

進化生物学は生物の多様性の起源を探る学問である、と聞いたことがあります。そのことと生物多様性の重要さを考えあわせると、役に立たないというほうが本当はおかしいのかもしれません。(もしかしたら"生物多様性"という概念自体、生態学者や進化生物学者が役立たずであるという考えを払拭するために作られたのかもしれませんが)

はじめに

読んだり考えたたりしたことをどこかに保存しておく必要がでてきたので、ここに書いていくことにします。
内容は学術論文、本、ウェブなどを読んだ感想です。
博士課程の学生、専攻は進化生物学なので、その方面の内容が多くなると思います。