2010年3月14日日曜日

種分化の原動力-1

Phylogenies reveal new interpretation of speciation and the Red Queen
Venditti et al. 2009 Nature

種分化の原動力は自然選択ではなく稀なイベントであることを主張する論文。

この論文を最初に読んだのは12月でした。そのときは、内容やその解釈が難しかったのと、"種分化は稀なイベントによって起こる"という結論に対しても「なるほど、そうかも」ぐらいしか感じなかったので、きちんと読んでいませんでした。

ところが、この論文はメディア等に何度か取り上げられて話題になっているようです。マクロな進化の研究論文がメディアに登場することがあまりないのと、改めて読んでみるとかなり議論の的になりそうなことが書いてあったので紹介します。

長くなりそうなので、このエントリでは論文の内容の紹介のみをしたいと思います。

筆者らは、101の生物のグループから得られた系統樹の枝の長さのデータを使って、系統樹上における種分化の待ち時間(すなわち系統樹の内側の枝の長さ)の分布がどのような種分化のモデルによって最も良く説明されるのかを調べました。

比較に使われた分布は、(1)正規分布、(2)対数正規分布、(3)指数分布、(4)複数の指数分布の組み合わせ、(5)ワイブル分布の5つで、それぞれが異なる種分化のモデルから予測される枝の長さの分布をあらわします。

(1)は微小な種分化の要因が加算的に積み重なったときに種分化が起こるモデル。(2)は要因が積算的に積み重なったとき。(3)は一定の確率でおこる稀なイベントがそのまま種分化につながるとき。(4)は(3)が生物の系統ごとに異なる確率で起こるモデル。(5)は種分化の確率が時間によって変化するモデルをあらわしているそうです。

これらの分布のどれが系統樹の枝の長さの分布のデータとマッチするかを、筆者らは2つの方法で調べました。そして、そのどちらの結果においても指数分布(3)がもっとも良く観測された分布とマッチしたことを報告しています。

具体的には78%の系統樹は(3)と一致し、その後にワイブル分布、対数正規分布、(4)が8%、8%、6%と続き、正規分布と一致したデータはありませんでした。この傾向はすべての生物のグループにおいて共通でした。

この結果から筆者らは、多くの種分化はある1つの重要な稀なイベントの弾みによって起こっており、小さな原因が積み重なって起こる(すなわち自然選択によって徐々におこる)のではないと考えられると述べています。

また、この指数分布を生じるモデルの元では種分化は一定の確率でおこります。これはタイトルにある"赤の女王仮説"の予測する結果と同じです。しかし稀なイベントによって種分化が生ずるというモデルは、生物は常に競争に勝つために進化し続けるという赤の女王モデルとは一致しません。

そこで筆者らは赤の女王仮説の解釈の見直しを主張し、以下のように述べています。
"種は常に同じ場所で走り続けているというよりも次の種分化の原因を待っている"
また、
"種分化は自然選択の漸進的な力から自由であり、かならずしも他種や環境との『軍拡競争』を必要としない"
とも彼らの考えを表現しています。

この他にも種分化の確率が系統ごとに変化するモデル(4)と一致する系統樹がほとんど存在しなかったことから、従来知られている種分化のスピードが急速に変化するイベント(適応放散など)は進化の歴史において一般的ではないと述べています。

最後には種分化の研究において着目するべきなのは、ある生物のグループにどのような"稀なイベント"がおこりうるかをリストアップすることが、特定の適応のプロセスに着目するよりも重要であると、将来の研究の方向性を示しています。

なるほど、これはちょっとした話題になりそうな論文です。

この結果の解釈とメディアでの紹介については次のエントリで書こうと思います。


以下技術的なメモ
-形がとても似た5つの分布間のモデル選択を十分に正確に行えるのか
-枝の長さを通常の時間ではなく、分子進化の速さで計った部分がクール
-筆者らのモデルとは異なる仮定に基づく、"赤の女王"モデルがなぜ同様に種分化一定の系統樹を生じるのか
1つ目は2つの手法を比較してその結果がともに同じ結果を示していたので、信頼できるとは思いますが、どうしても疑いの目で見てしまいます。
2つ目は種分化の時間を推定することによるバイアスよりも、分子進化の速度のバラツキのほうが統計的に扱いやすいからでしょうか。
3つ目はオリジナルの"赤の女王"論文にあたってみるしかないみたいです。

0 件のコメント:

コメントを投稿