2018年2月16日金曜日

研究は儲けにつながるのか?日経の記事について考えたこと

とても気になるニュースがあったので、それについて考えたことをここに書いておきます。

数日前の日本経済新聞の記事に以下のような記事が載りました。

博士採用増で生産性低下 企業、使いこなせず? 日経センター調査

記事の内容は、日本経済研究センターと呼ばれるシンクタンクの研究によると博士を多く雇っている会社ほど生産性が低くなる傾向があった、というものです。

記事のもとになった日本経済研究センターのレポートの公開されている部分が非常に胡散臭いものだったためネットでは大きな話題になりました。概ね「ダメな統計」の典型例として扱われているようです。

レポートをはじめに見たときはあまり内容がピンとこなかったので、すぐに興味を失いましたが、その後津川雄介先生のTwitterに解析の内容を示した表がアップロードされてのを見て、実はとても面白い内容なのでは?と考えるようになりました。
解析方法の詳細まではわかりませんが、表はおそらく重回帰分析の結果で会社の生産性が応答変数になっていると考えられます。赤いものは係数が負になったもの、アスタリスクは推定値が有意かどうかのようです。僕はこの解析結果は決して多くの人が言うようなデタラメとは思いません。面白い結果だと思います。 

会社の生産性(つまり一人当たりの儲け、正確には付加価値)は様々な変数によって説明されるようです。いくつかあげてみると...

  • 新しい会社は生産性が高い。本社が東京にあるとよい。
  • 産業ごとに生産性がかなり違う。生産性が高そうな医薬品や通信産業は高く、低いとされるサービス業は低い(ただし有意ではない)。 
  • 社内で研究をする会社は生産性が低い。
  • 研究者の数や博士の数が多いほど生産性は下がり、研究補助者が増えると生産性があがる。

問題は最後の項目ですが、最初の2項目をみるとそれなりに納得がいくので、最後の部分だけが完全に間違っているという意見はあまり信じられません。それではこの結果は何を意味しているのでしょうか...

まず自社で研究をすると儲からないということは確かでしょう。あるいは儲かっている会社は研究しないといってもいいかもしれません。そして、もし研究をするなら、博士を多く雇うよりも、博士の数を少なくする一方で研究補助者を増やすと効率的に稼げる、ということだと思います。生産性が高い会社は少数の博士と多くのアシスタントを使って研究している、と考えると必ずしも不自然な結果ではないのでは?と感じます。

もちろん解析に問題があるとは思います。例えば交互作用が一切考慮されていません。ただ変数が多い場合にうまく適切な交互作用を見つけかつ解釈するのは簡単ではありません。あとは共線性とか、コントロールするべき変数が欠けてるかも、とか奇妙な結果につながる可能性は数えれば限りがないですが、それらが本当に問題になっているかはわかりません。

一つだけ述べるなら、交互作用が考慮されなければならないとはっきりわかるのに、考慮されていない部分があります。研究補助者の数と研究者/博士の数です。研究者がいないときに研究補助者の数を増やしても生産性があがるとは考えられません(研究者のいないときは研究補助者はなにもできないからです)。逆に十分な数の研究補助者がいる状況では研究者の数の増加は高い生産性につながるかもしれません。もし、再解析するならその点を含めてほしいかなと思います。


それでは、そもそもなぜ博士をたくさん雇うと生産性が下がるのでしょうか。最初は博士の人件費がアシスタントより高いからでは?と考えましたが、違います。生産性(=付加価値/従業員数)の計算には人件費が引かれる前の利益が使われるので人件費を削減することは生産性を向上させません(多分)。正直経営の領域なのでよくわかりません。しかし研究の専門家が増えると研究に必要なコスト(高価な実験機器、試薬、電気代など)は増えるけど、儲けに繋がるアウトプットはそこまで増えないというのは、十分にあると思われます。

もし博士の数を増やしても生産性が増えないし、そもそも研究を企業ですると損をするというのが本当なら、残念ながら博士取得者が民間企業に就職するメリットはどちらにとっても少なくなると言わざるを得ないと思います。同時に企業が効率的に儲けを出す方法はかならずしも高度な研究によらない、というのはある意味あたりまえのことなのかもしれません。

2015年9月20日日曜日

三角関数は役にたつ以上のものだと思う

いまさらですが鹿児島県の知事が先日「女子に三角関数を教えてなんになる」という趣旨の発言をして話題になりました。

 「女子に三角関数教えて何になる」鹿児島知事翌日撤回 -読売新聞

"またか"というのが正直な感想ですが、 それについて気になる記事を見かけました。

「女子」は置いといても、サインコサインは議論の余地がある -長谷川豊公式ブログ

筆者である長谷川氏の意見を要約すると、高校で授業に使える時間は限られているので何を教えるかを慎重に選ばなくてはならない、その中に三角関数を入れるべきかどうかには議論の余地があるのではないか、というものです。また、社会のなかで生きるのに重要なことである、「政治のシステムと選挙について」や「話術」、「薬学」といったものは教えられていないのに三角関数を教えなければならないのはなぜなのか、という疑問を呈しています。

ちなみに長谷川氏のいう「政治のシステムと選挙」、例えば、
国会には二つの院があるんですよ、とか、「通常国会」はいつから始まって、秋には「臨時国会」があるんです、とか知らない人、そこそこいません?
これは高校の公民で教えています。少なくとも僕は二院制、通常国会、臨時国会という言葉を習ったことを覚えています。通常国会がいつから始まるかを教わったかどうかはあいまいですが、何ヶ月間の会期があるかは習いました。あとの「話術」、「薬学」と三角関数のどっちを教えるかに議論の余地はない気もしますすが、なぜ三角関数が重要かをちょっと考えたので書き記しておきます。

僕個人の意見としては"○○を教えるぐらいなら××を教えろ"と言う意見のほとんどは意味のないものだと思います。長谷川氏のいうように高校の授業時間は限られているので、すでに教えるべきことの多くは充分に選択されていて簡単に入れ替えられないものばかりです。

それでも知識は常に古くなるし、新しいものと交換する必要はあります。僕の専門の分野の生物学では知識の更新スピードが速いので、内容の変更は多くあります。"人間の遺伝子は2.5万個である"とか"地球上にはおよそ900万種の生物種がいると推測される"といった知識は将来的に書きかえられるでしょう。

でも、たとえそうであっても、数学のカリキュラムから三角関数が消えることはありえないはずです。なぜなら三角関数は数学の最も基本的なパーツの1つだからです。たとえどんな分野であっても、少しでも数理的な考えをするなら、三角関数が不要であることはありえません。

三角関数の歴史は古代ギリシアまで遡るそうです。もともとの三角関数のアイデアは「角度」と「長さ」を結びつけることです。直角三角形のある角の角度がこれなら、ある辺の長さはこう決まる、といった感じです。その知識を使えば、木に登らずに木の高さを測ることができますし、星や太陽の高さから自分がどれだけ移動したかを知ることができます。

もっと後の時代には、三角関数を上手く解釈すると「波」を表現できることに頭のいい人たちが気付きました。例えば、音は波ですから、三角関数を組み合わせて表現できます(こういうアイデアは18世紀頃まで遡るそうです)。iTunesストアやAmazonで売っているmp3ファイルは人間に聞こえない振動の波を取り除くことによって圧縮を行っています。当然三角関数が圧縮の重要な部品の1つになっています。ほかにも、コンセントに流れる交流電流も波ですから、電気を安全に送るのも三角関数です。

すでに多くの人が三角関数が役に立つ例を挙げていると思います。どうしてこんなにいろんなことに使えるんでしょうか? 三角関数に限らず数学の多くがそういう性質をもっています。それは多分、数学が事物に関する知識ではなく、考え方に関する知識だから、だと思います。良い考え方に関する知識は使い方を理解すれば特定の対象に縛られません。(僕はこれが数学を学ぶ最も重要な理由だと思っています。)

特定の対象に縛られないということは mp3や交流電源がこの世から消えても、三角関数自体はなくならないということです。角度と長さ、波、周期的に変化する現象、といったものを考える必要がある限りその必要性は消えません。そして、そういう必要性は人間の文明の歴史の中で驚くほどたくさんあって、だからこそ三角関数は重要な数学のパーツになっているんだと思います。いつか日本国憲法が使われなくなって歴史上の一事実になったときでも、三角関数は(僕の知らない未来の技術に)使われているでしょう。

現実的な話をすると、mp3の原理である"フーリエ解析"や交流回路を扱うのに必要な"複素解析"は大学の学部課程で教えられています。もし、高校の授業から三角関数が無くなれば、このような知識を教える前提が失われます。大学の初年度から全てを教えられるとは考えられません。また、専門知識を学ぶ前の高校生の段階で、人間の知的活動の最も基本的で洗練されたパーツを知っておくことは充分に有意義だと思います。三角関数に限らず使う意思があるなら必ずいつか何かの役にたつはずです。(もちろん今の教え方がベストかは議論の余地があると思います)

2014年10月27日月曜日

[本]生物進化を考える

生物進化を考える (岩波新書)  生物進化を考える(岩波新書)
 木村資生

 偉大な先人の書いた本を読む、その2回目は集団遺伝学者である木村資生の本です(1回目はこちら)。実はこの本は僕がまだ修士の学生だったころに買って、読んではみたものの理解できずに本棚で眠らせていたものです。改めて読み直したので感想を書きます。

「日本人でもっとも偉大な生物学者は誰ですか?」山中伸也?将来的にはそうなるかもしれません。しかし現時点では僕は木村資生だと考えます。進化生物学の研究において新しいパラダイムを作り上げ、その他の生物学の分野にも影響を与える研究をした進化遺伝学者。ここまで大きな仕事ができる科学者は日本人に限らずそこまで多くありません。そんな有名な科学者による、進化生物学と著者自身が提唱した分子進化の中立説の解説の本です。

 本の内容をまとめると… 最初の2章が進化理論の歴史です。ダーウィンやラマルクに始まり、20世紀の集団遺伝学者たちの貢献について著者自身の経験を交えて紹介しています。その後の2章が生命の歴史と突然変異の分子的メカニズム、といった内容、その後の章が自然選択や中立説といった進化理論に関する詳細な解説です。これらの章は、ダーウィンの種の起源の内容の説明から、20世紀前半に行われた自然選択に関する理論や実験の説明、そして、その後の20世紀後半の分子進化研究の発展まで多くの内容をカバーしています。

後半の内容は、一般向けの解説書というより、学説をそのまま説明しているので、どちらかというと教科書のような内容になっています。(そもそも教科書として使えることを想定していると最初に書いています) ただし、著者自身がそれぞれの学説に対してどのような意見を持っているかなどが、ところどころに書かれていて、面白い内容になっています。ただ、やはりこの内容は集団遺伝学や分子進化を一切学んだことの無い人にとっては難しく、とっつきにくい内容かもしれないとも感じました。そういう意味ではこの本は進化を学ぶ学生か研究者のための本かもしれません。

 やはり一研究者として面白かったのは「中立説」に関する記述です。自説がどのようにして認められていったかに関して提唱者自身による逸話が書かれています。例えば、中立説を著者自身が"なかなか心から信じられないところがあった"と書いていたりします。後半の章では中立説が分子進化において観測されるパターン(速度の一定性、保守性、多型の頻度など)を上手く説明でき、その結果広く認められるようになったことが書かれてあり、とても勉強になりました。

また、最後のほうでは将来の研究分野は分子進化と表現型進化の橋渡しであるという意見が述べられていました。

この本を読んでいて何よりも意外だったのが最後の章です。この部分は前の全ての章と全く異なり著者の個人的意見が多く書かれており、それまでの章からは想像できないフューチャリスティックな意見が満載されています。

驚いたのは著者が優生学に対して真剣に意見を述べていることです。医療が発展し有害な対立遺伝子への自然淘汰の影響が小さくなる(つまり中立になる)と、それらが集団内に固定してしまう確率が上がり、将来世代での健康への負担が大きくなる可能性がある、と著者は指摘しています。そして、そのようなリスクを下げるために"消極的優性"を支持しています。さらに他の遺伝学者による"積極的優性"に関する意見も紹介しています。

このような意見はおそらく現在でも、そしてこの本が書かれた当時も、ほとんどの人には受け入れ難いものだと思いました。社会全体の利益のために個人の生活や出生などをコントロールするのは危険をはらんだ行為です。しかし一方で現在の医療活動が将来世代の健康のリスクを高めるなら、何もしないことは良くないかもしれません。(例えば開発の"持続可能性"なども将来世代の資源を損なわないことが重要な点とされています)このような問題はなかなか正しい答えはみつかりません。

最後にとても印象に残った著者の人柄が垣間見える文を引用してみます。この本の最後に出てくる一文です。
動物学者が書いた未来論の多くでは、人類は遠からず滅び、その後は人に代ってネズミが地球上をばっこすることになっている。筆者は、こんな貧相な未来観ではなく、人類が科学技術の粋をつくし、協力して宇宙に大発展する姿を夢みつつ、本書をしめくくりたい。

2014年3月16日日曜日

剽窃・引用・コピペ

Natureに掲載されたSTAP細胞の論文と、その著者である小保方さんによる複数の論文での不適切な行為が話題になっています。

小保方さん博士論文、20ページ酷似 米サイトの文章と
小保方氏問題 理研4時間会見詳報 「科学者としては非常に未熟」

STAP細胞の真偽についてはこれからの調査を待つとして、今僕は博士論文でのコピペをめぐる意見の中に「問題無い」と考える人が多いことに驚いています。

たとえば極端な例を挙げればこちら、

武田邦彦氏によるSTAP論文問題のびっくり解説

さすがにこれは余りに極端ですが、このほかにもメソッドのコピペは当然という意見や、剽窃と引用の区別がそもそもついていない意見が散見されて、かなり衝撃でした。

科学者であり、海外で教育を受けたことのある僕の経験と考えを書いておくことが、もしかしたら誰かの役に立つかもしれないと思い、少し文章にしてみます。

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科学者が行う研究の大部分は他の科学者の仕事のうえに成り立っています。多くの研究は先人が行った研究をベースにし、そこに新しいアイデアやデータを付け足すことによって行われます。だから論文を書く時は、自分以外の研究者が行った研究に言及して自分の研究の位置付けをおこなったり、ほかの研究と比較して自分の結果の解釈を行う必要があります。

このとき、自分以外の人間が考えたアイデアや行った仕事には、”○○○○によると”、とはっきりその出所を示す必要があります。これは、どこまでが自分のオリジナルな仕事で、どこからが自分以外のものなのか、を明確にするためです。この自分以外から来たアイデアや研究の出所を示すことが「引用」です。

一方、出所を明らかにせずに、他人のアイデア(あるいは他人の表現)をあたかも自分のものであるかのように使う行為が「剽窃」です。引用が適切に行われないことが剽窃であると言い換えてもいいと思います。

法律に書いているわけではありませんが、研究者のなかでは剽窃は非常によくないこととされています。「オリジナルなアイデア」は研究者にとって最も価値あるものだからです。多分それを交換して生活するのが科学の研究者といってもいいでしょう。

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だから研究者の教育を行う場合、剽窃を避ける教育が行われるべきだし、実際行われています(少なくとも僕が博士号をとったイギリスの大学では行われていました)。

僕は留学生向けのアカデミックライティングの授業でそれを学びました。

僕が教わったことを一言でいうなら、”自分の言葉で書き直せ”、です。

他人のアイデアを引用するときは、出典を明らかにしたうえで自分の言葉でそれを書き直すこと、と本当に何度も言われました。それをせずに他人の表現を使った場合Plagiarism(剽窃をあらわす英単語)とみなされる可能性が常にあるとも教わりました。

「手法の部分ならだれが書いても同じだからコピペでもいいじゃん」、という意見もあります。しかし、たとえ同じことについて書いていても、他者が書いた文章は他者の仕事であり、その人に帰属するべきものです。だから必ず書き直すべきである、と。唯一完全な「コピペ」が許されるのは「”」で囲んで出典を明らかにしたときだけです。しかし、一文以上の文章で「コピペ」が必要なときは、やはり書き直すべきである、とも言われました。あるいは”詳細は○○○を見よ”と書いてもいいかもしれません。

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アカデミックライティングのクラスでは剽窃を避け適切な引用をする練習もしました。

具体的には、論文を読んで理解した内容を自分の言葉で要約する、というものです。
読んだ論文内の言い回しを出来る限り直接使わず自分の理解を一段落程度(あるいは一文)に要約する、ということを何度もしました。

この練習は英語の練習にもなるので、おすすめです。僕は暇がある時は今でも時折やっています。

たとえば先日紹介したGoldman et al. (2013)の論文を僕が自分の言葉で1文に要約するなら、こんな感じになります。

Goldman et al.(2013) developed a novel robust method to store information in DNA fragments using ternary coding and redundant sequence coverage.

自分の言葉で書いた文章は、意外なほど他人の文章と一致することがありません。(もちろん似ることはあります。さすがにここまで短いとあまり自信がないかも...)
一文が似ていても自分の言葉で書き続ける限り、何十行にわたって全く同じになることは絶対にありえません。多分文章には書いた人のボキャブラリーや表現の癖、そしてなにより研究の内容に関する理解が反映されるからだと思っています。 

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渦中の小保方さんは”論文の盗用が悪いと思わなかった”と言っているといわれています。もしそれが真実だとするなら、博士課程で十分な教育と訓練が行われていなかったということになります。

自分の言葉で英語が書けるようになるには時間がかかります。僕もまっとうな文章がようやく書けるようになったのは外国に住んで5年以上たってからですし、今でも英作文は難しいと思っています。

ただ、英語力と「適切な引用方法」を切り離して考えることはできると思います。
日本語でレポートを書く時でも、 このアイデアはどこから来たのか、自分自身の考えはどこからどこまでか、を区別し適切な引用をする訓練をすることはできるはずです。

そんな地道な教育を続けることだけが、このような不祥事を減らす方法だと僕は思います。

2013年9月26日木曜日

[論文]DNAにデータを保存する

Towards practical, high-capacity, low-maintenance information storage in synthesized DNA
Goldman et al. (2013) Nature

今年の初めに出版されたSFのような面白い論文です。

タイトルの"information storage in synthesized DNA"という言葉のとおり、人工的に合成したDNAにデータを保存し、それを復元することに成功した、という内容の論文です。

DNAはとても長持ちします。保存状態にもよりますが、数万年という時間が経ったサンプルからでも情報を取り出すことができることがすでにわかっています。例えば、ネアンデルタール人やマンモスのゲノムが既に解読されています。

この論文では、その安定なDNAを超長期間のデータの保存に使うためのデータ保存法を報告しています。

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以下のような方法がDNAへのデータの保存に使われました。

まず2進数のデータを3進数のデータに変換します。(DNAは4種類あるのになぜ3進数かというと、同じ塩基が隣り合わないようにするためです。同種の塩基が隣り合う状態(例、ATTTTAC)は既存のシークエンサーでは読み取りエラーが起こりやすいので、それを避けています)

その後、3進データをDNA配列に変換し、その配列を持ったDNAを合成します。長大なDNAの鎖を作るではなく、長さ100塩基ほどの断片を、配列の同じ部分を合計4回読むようにオーバーラップさせて合成します。(重複させるのはもちろん誤りの可能性を減らすためです) 断片の両端にはデータのインデックスになる情報を付加しておきます。

このような方法を使って4つのファイル、およそ760Kバイトの情報がDNAに書き込まれました。

そしてコードされた人工のDNAは、既存のシークエンサーで配列を調べられ、その配列を解読することで、ほぼ全てのデータを復元することに成功した、ということです。(この過程でDNAは一度フリーズドライされて普通の小包で別の研究機関に送ったそうです)

試算によると、このDNAを用いた情報保存法は、数百年から数千年といった期間においては、電磁気的な媒体よりもコストパフォーマンスが高くなる、ということです。テープのように定期的にコピーをとる必要がほとんど無く、保存のコストも低いのが大きな利点のようです。また、既存の方法(PCR)などを使って増幅が簡単にできるので、データの複製も簡単にできるようです。

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SFのような話ですが、この論文を読むかぎり、意外に早くDNAを使ったデータ保存が実用化されるのでは?と思ってしまいます。

この論文の特徴的なのは、従来のDNAへのデータ保存の研究と違って3進数のコードを使ったり、DNA断片に冗長性を持たせたりしてエラーを抑える工夫がされているところだと思います。情報技術と生物学の綺麗な融合です。例えば"ホモポリマーはエラーが出やすい"といったことは多くの分子生物学者が知っていることですが、その知識がDNAにデータを保存するときにも重要になってくるというのは新鮮な驚きです。この論文の筆者はEBI(ヨーロッパバイオインフォマティクス研究所)の有名な研究者ですが、彼らの研究の幅の広さを感じさせます。

2013年9月24日火曜日

就職活動はレモン市場なのか...?

最近よくニュースでブラック企業の話を見ます。
特に見ていて気になるのは、"ブラック企業を警戒しすぎて雇用のミスマッチが起こっている"という話です。

就活生悩ませる「ブラック企業検証」 白か黒か…見分ける方法はあるのか -産経新聞

「ブラック企業」に怯える若者 情報不足、過剰警戒が生む雇用ミスマッチ  -産経新聞

「日本の企業なんてみんなブラックだろ...」と個人的には思いますけど、視点を変えて、どうしてこんなことになってしまったのか考えると、面白いことに気付きました。

それは就職活動をする学生の過剰な警戒だけでなくて、そもそも過熱して長期化する就職活動自体が"情報の非対称性"が原因で起こっているのではないか、ということです。

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"情報の非対称性"という概念自体最近ある本を読んで知ったことなので、間違っている部分もあるかもしれませんが、簡単にいうと、売り手と買い手の間で商品について知っていることに差があることをいいます。

ある商品の価値が買い手にはわからないけど、売り手にはわかるとき、買い手は損を避けるため、安く買おうとします。この結果、本当に良いものを売る人は相対的に損をして、悪いものを売る人は得をします。結果良いものを売る売り手は市場から減り、悪いものを売る売り手が増えていきます。さらにその結果、買い手はより安い値段をつけようとして、商品の値段とクオリティーがどんどん下がっていきます。このような情報の非対称性のせいで機能しなくなる市場を"レモン市場"と経済学の世界では呼ぶそうです。

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企業が学生を選抜するとき、学生が本当に役に立つかはわかりません。その結果、会社は"レモン"(悪い商品)と"サクランボ"(良い商品)を見分けることに必死になるはずです。その結果就職活動が長引きます(エントリーシート、一次面接、二次面接、etc...)。企業は大量の情報を学生から得ることで情報の非対称性を解消する、という戦略をとって損を防ごうとしているようです。

この戦略が学生に大きな負担を与えています。しかし、際限無く長くなる就職活動の期間を見る限り、企業は現在でも沢山の"レモン"を買っている(と考えている)可能性があります。

もし企業の情報収集が上手くいっているなら、優秀な学生は得をするはずです。これは望むべきことですが、過剰な情報収集は学生を疲弊させます。一方で情報がないと、レモン市場の理屈に従って優秀な学生は損をするはずです。そして人材のマーケットの質全体が低下していくはずです。これは就職活動の本質的なジレンマなのかもしれません。

 一方で、上のニュースでは不思議な逆転現象が起こっています。
これは、"学生の側からも企業の本当の姿がわからない"、というもう1つの情報の非対称性が、昨今のブラック企業問題によって明らかになったのではないかと思います。 学生にとってブラック企業に就職することは文字通り命に関わります。学生が企業の内部の情報を知り得ないかぎりは、彼らが取りうる戦略は"できる限り警戒する" ことぐらいです。この結果本来"サクランボ"である企業が"レモン"を避けるプロセスで損をしている。これが問題のミスマッチの原因だと思います。

単純な解決策は、ブラックでない企業は積極的に情報を開示すればいいんではないかと思います。残業の総時間や○年での離職率○%などなど。情報の非対称性を解消すれば良い"サクランボ"が売れるはずです。

そもそも、学生に全ての情報(学歴からサークル活動まで)を見せることを求めておきながら、企業はその必要がないという考え方自体がアンフェアです。そして、大学で働く人間としては、企業には"レモン"を避けることばかり考えずに"サクランボ"を育てることを考えて欲しいとも思います。

2013年8月7日水曜日

epubで論文(2) Kindleバージョン

今年の初めごろにPMCでダウンロードしたepub形式の論文をブラウザで読んでみたことを書きました。(こちら)

そのときは電子書籍リーダーを持っていなかったので、PC上で読んでみたんですが、最近Kindle Paperwhiteを買ったので、そちらでepub形式の論文を表示させて見ました。

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まずepubの論文をPMCからダウンロードします。
今回は、こちらの論文( Drummond et al. 2006)を使うことにしました。選んだ理由は有名な論文であることと、複雑な図表や数式が入っていることです。

Kindleは独自のmobi形式の電子書籍ファイルしか読めないので、まずepubをmobiに変換します。ここではcalibreという電子書籍管理ソフトを使いました。読み込んだepubファイルをクリック1つでmobiに変換できます。

mobi形式に変換された論文のファイルはAmazonの"send to kindle"サービスを使ってKindleに送ります。xxxx@kindle.comというメールアドレスにmobiファイルを送ると自動でライブラリにファイルが追加され、自分のKindleに自動でダウンロードされます。全部自動です。

epubをダウンロード→mobiに変換→Kindleに送る、というステップが多少面倒ですが、基本的にはとても簡単です。

Kindleにダウンロードしたものがこちらです。(以下の画像内の文章、図は全て Drummond et al.(2006) のものです)









そして本文はこんな感じです。









フォントや行間隔を調整すればかなり読みやすくなります。PDFの論文のように画面全体を見ることが出来ませんが、ただ読むだけならこれで充分だと感じます。

数式を表示させてみると...









...これはちょっと微妙な感じです。画像として埋め込まれていると思われる数式はちょっと小さすぎます。文章内の数式は少し崩れていますが、こちらは許容範囲だと思います。他のepubファイルで試したところ、数式を綺麗に表示できるときと、できないときがありました。原因はよくわかりません。

次は図ですが...









小さい文字はかろうじて読めるといったところです。小さすぎる数字は読むのがかなりしんどい感じです。色が使われている部分は濃淡があまりはっきりしないので、少し見づらいと思います。紙に印刷したものと比べると多少見劣りします。

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全体的に、論文の文章部分はかなり読みやすいと思います。文章の多い論文はプリントアウトせずにKindleで読んでも事足りるかもしれません。一方で、数式が上手く表示されないときがあったり、図表が少し見にくかったりするので、普通の研究論文をKindleだけで読むのは少ししんどいかもしれません。複雑な図はPDFかPCのepubリーダーを使わないと何が描かれているのかわからないと思います。

上の論文以外にもいくつかの論文を読んでみましたが、現時点でKindleでepubの論文を読むのは不可能ではないと思いました。でも、図表を大量に使った論文を読むのはかなり大変です。一方でレビュー論文のように文章の多い論文はKindleでも上手く読めると思います。あるいは、論文の中に何が書いてあるのかを流し読みするようなことにも使えるかもしれません。

技術的にはまだまだ発展の余地があると思いますが、将来epub論文を専用のリーダーで読むのが主流になるかどうかはまだわからない、といったところだと思います。

2013年8月3日土曜日

[論文]謎の巨大ウイルス

一般向けニュースでも紹介された新種の巨大ウイルスについての論文を読んでみました。

Pandoraviruses: Amoeba Viruses with Genomes Up to 2.5 Mb Reaching That of Parasitic Eukaryotes
Philippe et al. (2013) Science

ニュースのほうは例えばこちら。(論文がオープンアクセスではないので)
パンドラウイルス、第4のドメインに? ‐ ナショナルジオグラフィック ニュース


ニュースでも紹介されている通り、今回発見されたPandoravirus salinusはゲノムの大きさが250万塩基対と通常のウイルスより遥かに大きく、ゲノム上の遺伝子の大部分が未知、ということです。

もう少し詳しく論文を見ていくと、いかにこの新種のウイルスが不思議な生物(?)であるかがわかります。

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Pandoravirus salinusはチリの海底の泥の表面に住むアメーバの中から見つかりました。(もう1種のPandoravirus dulcisはオーストラリアの池のなかからです)宿主であるアメーバに寄生すると、自らのDNAをアメーバの細胞内部に放出し、宿主の細胞質内で増殖します。

ゲノムの大きさはおよそ250万塩基対で、推定された遺伝子の数はおよそ2,500です。この値は遺伝子の少ない真核生物レベルの大きさだそうです。

その2,500の遺伝子のうち、わずか186個(7%)しかNCBI(アメリカ国立生物工学情報センター。大規模な遺伝子のデータベースを公開している)のデータベース上で類似のタンパク質配列が見つかりませんでした。それ以外の93%の遺伝子はこれまで一度も見つかっていないタンパク質をコードしていると考えられます。またデータベース上で類似したタンパク質が見つかったもののうちのいくつかは宿主であるアメーバの配列に似ており、おそらく宿主から取り込んだ遺伝子ではないかと思われます。

これらの未知の遺伝子の機能を配列のモチーフや立体構造を用いて推定した結果、ATPの合成やタンパク質の翻訳といった機能を持つ遺伝子は一切見つからず、やはりこの生物(?)が、その大きさに関わらず、ウイルスであることを示しています。

また、Pandoravirusは遺伝子の一部にdsDNAウイルス(二本鎖DNAで遺伝情報を保持するウイルス)と似たものを持っているけれども、その他の遺伝子は普通のウイルスとまったく異なっていたり、本来ウイルスや細菌の遺伝子にはほとんど存在しないイントロン(タンパク質に翻訳されない遺伝子の領域)を持つ遺伝子を持っていたりします。

筆者らは論文の最後で、ある種のDNAポリメラーゼの配列を比較すると、Pandoravirusを含む巨大ウイルスのグループは従来知られた3つの生物のドメイン(真核生物、細菌、アーキア)のどれにも属さないグループを構成することから、第4のドメインが存在しているのではないか、と主張しています。

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読めば読むほど不思議な生物(?)です。これら巨大ウイルスが第4のドメインを構成するかどうかはまだわかりませんが、生物の未知の多様性を教えてくれる発見だと思いました。

ウイルスの起源や生命の初期の進化について知る重要な手がかりになるかもしれません。今現在、生物は3つのドメインに分類されていますが、もしかしたら将来的にはそれらはより多様なグループの一員に過ぎないことがわかるのかもしれません。

2013年1月24日木曜日

epubで論文

昨年の終わりごろ、PMC(旧称PubMed Central, アメリカの論文アーカイブサイト)の論文検索結果の右上に
... | ePub (beta) | ...
という表示が出ていることに気付きました。
 論文をepubフォーマットで提供する試みみたいですが、どんなものか試しに論文をダウンロードして読んでみました。

とりあえずfirefoxの"EPUBReader"を使って開いたあと、フォントを自分の好きなものに変えて、サイズを調整して...










...なかなかいい感じじゃないですか?
これならPDFファイルをディスプレイ上で読むより快適かもしれません。
(表示の論文はHollingsworth et al. 2009です)


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現在の学術論文のフォーマットの事実上の標準はPDFです。PDFの利点はどの環境でもレイアウトが崩れないこと、だと思います。実際に紙に印刷されるレイアウトがそのまま使えるので、プリントアウトするときには特に便利です。PCの画面上でも綺麗に表示されます。

しかし、最近は論文を読む方法は昔より多様になってきています。PC以外の端末、例えばスマートフォン、タブレット、Kindleなどなど... 読み手が使うデバイスが多様になればなるほど、PDFが持っていた利点が逆に欠点になってくるように思います。スマートフォンの小さい画面ではA4サイズの論文は大きすぎますし、Eインクを使った電子書籍リーダーでは固定されたレイアウトが逆に不便さにつながります。

epubにはそういう欠点がありませんから、このままペーパーレス化と端末の多様化が進めば、将来的には論文の標準フォーマットはepubになるかもしれません。(epub自体はhtmlをベースに作られています。すでに多くの論文はhtmlでも公開されていますから、htmlの論文をepubに変換するのにも大きな苦労はいらないと思います。)

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Kindleを使って表示させたものはこちら

2012年12月24日月曜日

今年のニュース

毎年年末になると、今年を代表するニュースが選ばれます。そこで僕も今年最も印象に残ったニュースを紹介したいと思います。
これです。

Bangladeshi workers risk lives in shipbreaking yards guardian.co.uk

イギリスのガーディアンの記事でバングラディシュの船の解体産業とEUの規制についてのニュースです。印象的な写真もあります。

Inside the shipbreaking yards of Chittagong - in pictures

バングラディシュでは毎年100万トン以上の外国船が廃棄されています、そして、それを解体してスクラップを売る産業が同国の経済の重要な位置を占めています。バングラディシュで使われる鋼鉄の半分近くが船の解体から得られているということです。解体の作業は劣悪な環境で行われており、作業員の怪我や船に残された化学物質による環境汚染が問題になっています。それに対してEUは圏内で使われている船を廃棄するときには化学物質を除去すること、ライセンスを持った正規の解体業者によってのみ解体させること、などを義務付けるルールを作りました。それがバングラディシュの経済に悪影響を与える可能性もある、というのが記事の無いようです。

今まで知らなかったことを教えてくれて、かつ深く考えさせられる内容が"印象に残ったニュース"として選んだ理由です。

僕自身は知りませんでしたが、インドやバングラディシュでの船の解体は数年前から問題視されるようになっていたようです。(石油タンカーがどこに捨てられるか、なんて普段は深く考えません) 先進国と発展途上国の不平等。国際社会の複雑な関係。持続可能な経済をつくることの難しさ。いろいろなことが1つの記事から浮かび上がってくるニュースでした。

2012年10月27日土曜日

ちょっとこわいDNA鑑定

こんなニュースが最近ありました。

飯塚事件:ネガから元死刑囚と異なるDNA 弁護団発表
http://mainichi.jp/select/news/20121026k0000m040111000c.html

もし、この事件が冤罪であれば本当に恐ろしい話です。

少し調べてみましたが、1990年代初頭に使われていたDNA鑑定の方法は、単一の遺伝子座を用いて行うものが主流だったようです。マイクロサテライトなどの繰り返し回数が人それぞれで異なるゲノム上の1領域を増幅して比較する、というのが基本的なアイデアです。

現在問題にされているMCT118法は、ゲノム上のMCT118(別名D1S80)と呼ばれる領域をPCRで増幅し、反復配列の繰り返し回数を調べて個人を特定する方法です。D1S80の繰り返し回数は30種類程度あり、染色体二本分を考えれば、遺伝子型は30×30で、900種類。赤の他人どうしの型が一致する確率はおよそ1/900になる、ということですが...

 単純に考えて10万人の人口の町なら、100人以上同じ型の人がいることになりますから、かなり大雑把だったようです。加えて1/900と言う数は繰り返しの種類が同じ頻度で集団内に存在していることが前提になってます。極端な例を挙げると、もしある反復回数の頻度が50%あるようなときは全体の1/4の人間が同じ型をもつことになりますし、親戚縁者の間では一致する確率が上がることも考えられます。
(例えばカタール人の場合、最も多い2つの多型の頻度がおよそ40%と20%と報告されています。この場合この2つを含む4種類の遺伝型を持つ人だけで全体の35%を超えることになります(計算間違ってるかもしれません))

今回のニュースや以前の冤罪のケースで指摘されたのは、増幅された遺伝子の長さを調べるときのゲルの読み間違えや見落としといったことが問題にされているようですが、どちらにしても精度の低い黎明期の技術を使って死刑という重大な決定をしたのは恐ろしいものを感じます。もちろん当時は信頼に足る技術と考えられていたとは思いますが。

DNA鑑定とは関係がないですが、再鑑定で無罪になったかつてのケースで自白などがあったこともやはり気になります。それらはどこから来たんでしょうか?
DNA鑑定の技術が発展したことによって、犯人を見つけることが容易になったと同時に警察の捜査の問題点も容易に明らかになるのは少し皮肉な気がします。

DNA鑑定の技術自体は、正確さの問題を解消するために、長く改良がなされてきたようです。現在のDNA鑑定は、単一遺伝子座ではなく、複数の遺伝子座を調べて個人を特定します。CODISと呼ばれる一般的な方法では13のようです。この場合たとえ1つの遺伝子が偶然1/100で一致しても、全てが一致する確率は(1/100)13ですから、間違いはほとんどないように思えます。ゲルの読み取りも毛細管電気泳動を使っているはずなので、昔より遥かに正確になっているようです。
(ただし、これらの方法でも偶然の一致は存在するようです。そもそも人間には必ず血縁関係があるので、それぞれを単純に独立したサンプルと考えるは危険なのかもしれません)

2012年9月21日金曜日

ゼロシナリオの話

政府は、2030年代までに原発をゼロにする、とした「革新的エネルギー・環境戦略」を閣議決定とすることを見送ることにしたそうです。

http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120919/20120919_1.pdf

原発ゼロの方針を示した数日後に、このあいまいな内容ですから、「革新的エネルギー・環境戦略」をつくった人たちはどんな気持ちでしょう。

「革新的エネルギー・環境戦略」が出たあと、話題になった討論型世論調査の内容や民主党の提言などを改めて読みなおしてみました。
世間での風当たりは強いようですけど、これらの内容をよく読むと、どうして討論型世論調査で50%弱の人が原発ゼロシナリオに賛成したのかが少し理解できました。

国家戦略室エネルギー・環境会議によるサイトによると、有名な”原発ゼロシナリオ”(ゼロシナリオ)は次のようなものです。

2030年までに現在25%程度の原発依存度を0%にする、同時に現在10%程度の再生可能エネルギーの割合を35%まで引き上げる。火力発電の割合は概ね現状維持で65%程度のまま。また総発電電力量を現在の90%まで節電によって減らす。

それ以外のシナリオは原発の割合を15%か25%、再生可能エネルギーを25-30%ずつ、火力を50-55%にする、というものです(15シナリオと20-25シナリオ)。

こちらのページではそれぞれのシナリオにおける電力料金や経済成長への影響を予測した結果も示されています。これがどのシナリオを選択するかの基準になっていると思います。

特に興味深いと思った点は、どのシナリオでも電力料金は上がる、という点です。ニュースで有名になったように、ゼロシナリオでの料金は最大で現在の約2倍ですが、それ以外のシナリオでも1.2倍から1.8倍に上がると予測されています。 これは火力発電には将来的には地球温暖化対策により多くのコストがかかり、原子力発電には、従来推定されていたより大きな社会的コストが存在するところから来ているようです。 このことは、どのシナリオでも再生可能エネルギーの割合を2倍以上にすることになっている理由でもあるようです。

GDPに対するそれぞれのシナリオを影響予測も似たようなものですが、ゼロシナリオが少しだけ影響が大きいようです。 それ以外に考慮するべき、温室効果ガスの削減、燃料の費用、どれも見た目には大きな違いが無いようにみえます。

少なくとも、僕はこの内容を見る限りでは、ゼロシナリオでもいいと思いますし、討論型世論調査に参加した人もそう感じたのではないかと思います。必ずしも突拍子もない方向性ではないと思います。

それにどのシナリオを選ぶにしても、より持続可能な方向に文明を変化させていかなければならないのは必然ですし。

ただし、これらの予測モデルでは、再生可能エネルギーのコストは将来的に大きく下がる、と仮定されていますし、それらの社会的コストが無いと仮定されています。 実際に再生可能エネルギーのコストが下がらなければシナリオ自体が"絵に描いた餅"になるでしょう。化石燃料発電への依存度の高さも気になります。

全体的にエネルギー・環境会議のサイトを見て好感を持ったのは、できる範囲で、わかりやすく伝えることや議論をオープンにしようとしているのがわかることです。(多くの資料がウェブ上で見ることができるようになっていますし、討論型世論調査の資料(pdf)は分かりやすいと思います) オープンであるから、批判的な意見を述べることもできるわけですから。

 結局政府があいまいな雰囲気の決定にしてしまったのは、国民的議論をするために費やされたであろう努力を想像すると、少し残念な気がします。

2012年7月22日日曜日

[本]文明の生態史観 ‐ 歴史への生態学的アプローチ

文明の生態史観 (中公文庫) 文明の生態史観 (中公文庫)
梅棹忠夫

この本は、以前から名前は聞いたことがあるが読んだことがない本の1つでした。せっかく京都に住んでいるのだから、偉大な先人の書いた文章を読んでみることにしました。

まず最初に謝っておかなければいけません。申し訳ありません。僕はこの本のことを典型的な「日本人論」の一種と考えていました。生態学の言葉を使って日本人の特殊性を説明しようとする与太話...そのように考えていました。しかし読んでみるとその内容は、生態学の方法を使って人間社会の変化の法則を理解しようと試みる挑戦的な文章でした。

内容の構成は、11ある章の内最初の2章が、"生態史観"の着想のもとになった梅棹氏の中東・インドでのフィールドワークについて。その後に続く4つの章が"生態史観"についての有名な論考と公演記録です。その後の4つが生態史観に関係した当時の世界情勢の批評とフィールドのこと。最後の1章は内容が飛躍して比較宗教学についての論考です。

やはり興味深い内容が書かれていたのは中間の4つの章です。ここで書かれている内容をものすごく大雑把に要約すると次のようになると思います。ユーラシア大陸は近代文明の発達した"第一地域"と現在はそうでない"第二地域"にわけられて、これらの地域内は共通した文明の発展のパターンがみられる。これらの地域の発展のパターンはそれぞれの地域の地理的位置と気候などの環境要因によって決定されている...

多くのウェブサイトがこの本の内容を紹介していますので、より細かい内容はそれらを参考にしていただければいいと思います。

僕は梅棹氏が複数の文明を比較するとき、その"機能論"の側面に注目したことが、生態学的だと感じました。本文中にあるように、生態学者にとっては"照葉樹林"はどんな樹種で構成されていても"照葉樹林"であるように、日本でも西欧でも構成要素は違えど近代文明は近代文明である、とするのは文明の発展の法則を捉えるのに重要なステップだと思います。

そこから進んで、気候や地理的な条件が異なれば、森林の構成や遷移の様相が変わるように、文明の遷移の様相も環境の要因によって説明できるだろう、というのが"生態史観"の骨子だと思います。

人間社会の変化を生物の進化や生態のアナロジーで説明しようとするという試みは近年でも多くみられます。たくさんの人が"日本の市場が「ガラパゴス化」している..."とか、"「ニッチ」な市場をターゲットにした商品が..."、とか進化や生態の言葉を口にします。

より科学的なアプローチでは、 有名なのはジャレド・ダイアモンドの"銃、病原菌、鉄"やリチャード・ドーキンスの"ミーム"などがあります。ドーキンスもダイアモンドも彼らのアイデアは単なるアナロジーではないと考えていると僕は思います。優れた研究者が共通してこのようなアイデアに到達するのは、比喩ではなく本当に人間の社会が何らかの形で(生物の種のような)進化する単位であるからではないかと思います。

梅棹氏は本文中で、

進化は"たとえ"だが、サクセッションは"たとえ"ではない。生態学でいうところの遷移が、動物・植物の自然共同体の歴史をある程度法則的につかむことに成功したように、人間共同体の歴史もまた、サクセッション理論をモデルに とることによって、ある程度は法則的につかめるようにならないだろうか。

"人間共同体の進化"なのか"遷移"なのかは議論の余地があると思いますが、とにかく梅棹氏は文明の遷移には実体があって、生態学の手法によってその法則を科学的につかむことができると考えていたのだと思います。

このような科学的アプローチで文明の発展の法則を解き明かそうとする試みはとてもエキサイティングです。

ただ、残念なことは梅棹氏の歴史研究の生態学的手法はあまりその後科学的な発展をみなかったように見えることです。当時の生態学の理論ではある程度以上定量的な研究が不可能だったことが原因のひとつかもしれません。"生態史観"の4章のなかでの地域間の比較は、歴史上の共通点の記述のみで、それ以上の実証的な研究はありません。

このほかにも 、当時の歴史学者が生態学の素養を持たなかったことがあるかもしれません。また"生態史観"自体がある種の日本人論として捉えられてしまったことも原因かもしれません。しかし梅棹氏はそのことを、"日本の知識人のナルシシズム"、としてかなり厳しく本文中で批判しています。

僕はこの本を読んで、人間社会の変遷を司る法則を解き明かしたいという真摯な科学者の姿を感じました。それと同時にそれがうまく伝わらないフラストレーションも感じるような気がします。最後に長いですがそういうことを強く感じた部分を引用したいと思います。
世界は多様だと思う。しかし、無秩序ではないだろう。日々のできごとは、しばしば意外であり、混乱であるようにみえるが、よくみると、人類の文明は、いくつかの法則的な変化を、現にあらわしつつあるのではないかとおもわれる。  
世界の統一へのうごきはあるけれど、世界はまだ現実には統一されていない。われわれ自身、その分割された一片の土地に所属している。私たちはその土地からのがれることはできないけれど、その土地をのりこえて、全地球的な課題についてかんがえることはできるはずだ。われわれ自身の問題も、そのような全地球的な歴史のながれの中においてながめてみて、はじめてそのひずみのない姿をみることができるだろう。

2012年4月5日木曜日

再更新

最後の更新から2年近くが経っていることに驚きます。
いくつかあったゴタゴタがとりあえず全て済んで、ブログを書く余裕ができたので、ひっそりと更新していきたいと思います。

とりあえずブログの外見を一新しました。
Bloggerのインターフェイスがすっかり変わっていることも驚きです。

2010年5月24日月曜日

かっこよすぎる物理学者のDVD

先日のエントリで取り上げたBBCのドキュメンタリー、Wonders of the solar system。DVDを買って全編を見たので、ちょっと感想を書いてみます。

Wonders of the solar system

タイトルの通り内容は太陽系をテーマにした科学ドキュメンタリーで、全5回シリーズ。プレゼンターはマンチェスター大学のブライアン・コックス教授です。それぞれのエピソードごとに「大気」や「生命」などのトピックがあってそれらに関する"太陽系の不思議"を紹介する番組です。

番組内でコックス教授は地球上の様々な場所を訪れて、それと関連づけて太陽系の天体の研究結果や物理の基本法則の説明をします。(たとえば木星の衛星イオの火山の説明をするのにアフリカの火山の火口に行くといったように)。コックス教授はそのために成層圏から深海底までさまざまな場所を旅してまわります。

全体的にCGの使用が控えめで、探査機によって撮られた写真と地球上の自然を例に使って説明を進めていくのがポイントだと思います。

で、全5回を見終わった感想ですが、これはたぶん今まで見た科学ドキュメンタリーの中で一番面白いのではないかと思います。

どうしてこんなに面白いのかなと考えてみると、やはり、人類は昔より今のほうが多くのことを知っているから、かなと思いました。

現在、10年-20年前には想像することしかできなかった太陽系のさまざまな場所の様子が高性能の探査機によって、かつてないほど詳細に調べられています。そして実際の観測結果はコンピュータで作られたイメージよりもずっと説得力があり印象に残ります。土星の輪の粒子が衛星の重力でかきみだされる映像にはかなりしびれましました。

太陽系の様々な場所を実際に調べられるようになった現代に作られた番組だからこそ、今のものが一番面白いのだと思います。

それとやっぱりコックス教授がかっこいいです。

イギリス在住の人はBBCのウェブサイトで再放送がやっているので見ることができます。日本ではAmazonなどで輸入版が手に入るようです。

とてもお勧めです。

追記
土星の輪と衛星の写真がNASAのサイトにありました。番組内の映像は別の角度からの連続写真です。
Prometheus Creating Saturn Ring Streamers - APOD

2010年5月17日月曜日

[本]Why Evolution is True - 進化は真実か

Why Evolution is TrueWhy Evolution is True
Jerry A. Coyne

進化生物学者ジェリー・コインによる、現代の進化生物学についての解説書。邦題は「進化のなぜを解明する」。原題にあるように、進化が真実として認められている理由を進化生物学の様々な分野で積み重ねられた証拠をもとに解説していきます。

本の構成は最初の1章が、進化とはなにか、という進化の理論の基本的なアイデアについて。その後の2-4章はすでに知られている進化の証拠を、古生物学、発生学、生物地理学の3つの分野から紹介していきます。続く5-7章は進化のメカニズムについて。自然選択や種分化の理論の基本的な説明と近年の研究結果の紹介が主な内容です。最後の8-9章は人間の進化と進化論の人間社会への影響についてです。

本全体に進化理論は"検証可能な予測が行える"科学であるという考え方が貫かれており、文中のいたるところで理論に基づく予測とそれを支持する観測結果が進化の証拠として示されます。進化が科学的事実であるのは、進化の理論が充分にそれを支持する検証結果を積み重ねてきたからである、というのが筆者の基本的姿勢だと思います。

進化の証拠としては、化石、痕跡器官、生物の地理的分布と幅広く、かつ最も多く研究が行われている分野の研究結果がカバーされています。現代の進化生物学者が行っている研究を理解するのに最適の内容だと思いました。

ただ、この本が進化論を信じない人々を説得するのに充分か、と問われるとやはり疑問が残ります(おそらくそれがこの本の1つの目的だと思いますが)。筆者身が述べている通り、
The evidence is convincing, but they are not convinced.
証拠は納得するに足るが、納得していない。
だと思います。たぶんそこには「理解すること」や「信じること」の複雑な本質があるのではと思います。それと同時にアメリカの進化生物学者が向き合っている問題の難しさを感じます。

科学者はある理論が正しい理論であると判断することができますが、科学の理論を「信じる」ことはあまりないと思います。証拠によって支持された理論が正しいと判断することと、それが正しいと信じることは本来別のことです。しかし科学的事実にとってはそれほど重要でないことも普通の人にとっては重要かもしれません。特に信仰を持つ人にとっては。

少し長いですが筆者自身の意見として印象に残った部分を引用します。
It's not that we evolve from apes that bothers them so much; it's the emotional consequences of facing that fact. And unless we address those concerns, we won't progress making evolution a universally acknowledged truth.

我々が猿から進化したことが彼らを悩ますのではない;その事実に直面することの感情的帰結こそが問題なのである。その懸念に対応することなしには進化を一般的に認知される真実とすることはできないだろう。
進化生物学者が研究の結果の社会への倫理的な影響にまで責任を持つべきかどうかは難しい問題だと思います。また、たとえ科学者が説明を尽くしたとしても、人によっては進化が「信じる」に足るものとなりえないかもしれません。

このような困難な部分を除けば、非常によい進化生物学の入門書だと感じました。(実際には筆者の研究者としてのキャリアを考えれば"非常によいと思う"とかいうのもおこがましい感じです)

どちらかというと、進化論の布教のための本というより、良い進化生物学の教科書として学生や研究者に読まれるべき本だと思いました。

2010年5月16日日曜日

[論文]単一の祖先-進化の証拠

A formal test of the theory of universal common ancestry
Theobald 2010, Nature

現存する生命が単一の祖先を持つ、という説は多くの生物学者が正しいと考えている説ですが、この論文はその説を統計的な手法を使って初めてテストしたものということです。結果はやはり考えられていた通り、単一祖先説がもっとも良い説である、というものでした。

多くの研究者にとっては単一祖先説の正しさが示されたことよりも、水平伝播などの影響で、タンパク質ごとに進化の道筋が異なることが示されたほうが興味深いかもしれません。

また全体的に進化的説明の強力さを説いている部分が多く見られるので、はっきりと述べられてはいませんが、創造論者に対する反論も意図しているのかな、と感じました。論文の本文では直接触れられていませんが、テストされた仮説の中には、”人間だけが独立した祖先を持つモデル”が含まれていたりします。結果はそのモデルが最も悪いモデルだったようです。

追記(5月17日)
ナショナルジオグラフィックのサイトに下の文章より遥かにわかりやすい解説記事がありました。

全生物は同じ単細胞生物から進化した - ナショナルジオグラフィック ニュース

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以下詳しい論文の内容

全ての生物は共通の祖先から始まり進化してきたという説、単一祖先(universal common ancestry, UCA)説、は次の2つの事実から多くの生物学者によって支持されてきました。

  1. 生物が使う分子の多くが共通である(核酸、L型のアミノ酸など)
  2. 遺伝子のコードがほぼ全ての生物で共通である

しかし単一祖先説の正しさを統計的な手法を使ってテストしたり、他の説=複数祖先説との比較を厳密な方法で行った研究は今までありませんでした。

この論文で筆者は、単一祖先説と複数祖先説との2つのシナリオのどちらが現存する生物のアミノ酸配列を良く説明するかを比較することにより単一祖先説の正しさを確かめようと試みました。

筆者は現存する3つの生物のドメイン(真性細菌、古細菌、真核生物)の中から4種ずつを選び、それぞれが共通して持つ23のタンパク質のアミノ酸配列を利用して仮説の比較を行いました。単一祖先説は12の種が持つそれぞれのタンパク質が単一の系統樹にそって進化してきたとするモデル、複数祖先説はそれぞれのドメインが個別の独立した系統樹をもつモデルで表現され、それらがどれだけ良く現在の配列を説明するかが比較されました。

その結果によると、単一祖先説は他の可能性(いくつかの複数祖先説)よりもはるかに良く現存のタンパク質の配列を説明できました。単一祖先説は"少なくとも10の2860乗倍ありうる"と、筆者は具体的な数値を示しています。

生命の歴史の初期には多くの遺伝子が水平伝播(horizontal gene transfer、親子間を通さない異なる生物間での遺伝子のやりとり)によって異なる生物種間でやりとりされたり、細胞内共生などのイベントが起こったと考えられています。その影響を考慮したシナリオ(すなわち解析に使われたタンパク質が全て異なる系譜をもちうるモデル)を使った場合、水平伝播を考慮しないモデルより現在の配列をより良く説明できました。またこの場合においても単一祖先説は複数祖先説よりもはるかに良い説であることが示されました。

このような結果から筆者は、生物の系統関係とそれに沿って徐々に起こる変化(すなわち進化)によって配列の類似性を説明することが、複数の祖先を仮定するのに比較して、いかに強力な方法であるかを説いています。

以下メモ
-第一に考えられる問題点は、研究に使われたタンパク質が、そもそも同一の起源を持つ可能性のあるものである、という点。論文のなかでは、筆者はその影響は大きくないと述べている。
-実際にありうる水平伝播を伴った複数祖先のモデルは、複数の系統樹と単一の系統樹がタンパク質ごとに混ぜ合わされたモデル、あるいは、単一の系統樹上に複数のルートがあるようなモデル、だと思う。

2010年5月10日月曜日

海洋保護区問題-イギリス的な理屈

少し前になりますが、こんなニュースがありました。

UK sets up Chagos Islands marine reserve - BBC News

イギリス政府がインド洋に保有する領土、チャゴス諸島、を海洋保護区にするというものです。新たに創設される保護区内には商業的な漁業を一切禁止する領域が設定され、保護区全体の面積は50万平方kmで世界最大になるということです。またチャゴス諸島には200種類以上のサンゴと1000種以上の魚類が生息しており、世界でも有数の生物多様性が存在しているそうです。

生物多様性条約の締約国会議が今年行われることもあり、イギリスもそれにあわせて積極的な保護活動を行っているのかな、とNature podcastで聞きながら考えていたのですが、このニュースには続きがありました。そしてそれはとてもイギリスらしいものでした。

このチャゴス諸島にはイギリスから土地を貸与された米軍の基地があり、1960年代に基地の建設のために島の住民を無理やり退去させた、という歴史があるようです。その住民は今なおイギリス政府と島への帰還を巡って裁判を行っています。そして住民には、保護区の設定はイギリスによる島の領有を永続化するための方便に過ぎないと捉えられており、反発を招いているということです。

調べてみると、この決定に批判的な記事がいくつか見つかりました。

Chagos Islanders attack plan to turn archipelago into protected area - guardian.co.uk

Fury of Chagos islanders as Britain creates world’s largest marine nature reserve - Times Online

例えば上の記事の中で、保護区案に反対のモーリシャス政府の人物は”イギリス政府の計画は帰還を阻もうとするグロテスクなほど見え透いた計略”である、と批判しています。このほかにも”イギリス政府はチャゴス諸島の住民にはウミウシ程度の人権も認めていない”といった厳しい批判もあります。一方で、保護に賛成する環境保護団体は”もしチャゴス諸島住民が帰還したときに、彼らが資源を利用できるようにするのが保護の目的である”と、述べていたりします。
 
この問題をどのように解決されるべきかという意見は僕は持ち合わせていません。僕が偶然知らなかっただけで、長い歴史がある問題のようです。(おそらく選挙と政権交代の影に隠れて批判はうやむやのまま計画が進むのだと思います)

しかしこの問題はイギリスでしばしば見かける典型的な理屈がよく表れている例だと思います。他の例を挙げると、有名な大英博物館のパルテノン神殿の彫刻の問題があると思います。パルテノン神殿の彫刻群は長くギリシャ政府から返還を求める声があります。それを大英博物館は拒否し続けています。大英博物館の基本的な姿勢は、”文化財は人類の共有物”であり、それをイギリスの博物館に展示するのは”多くの公共の利益”がある、というものです。

過去に行った「悪行」を”人類の共有財産”や”自然保護”などの現代の美徳を使ってなんとか正当化しようとしているかのように見えるこの典型的な理屈は、見るたびにうんざりさせられます。そしてこのような正しい理屈をまとった悪徳がどれだけの人を苦労させているかを考えるとまたうんざりします。

2010年4月15日木曜日

[論文]加速する"生命の樹"の探索

Rapid progress on the vertabrate tree of life
Thomson & Shaffer 2010 BMC Biology

生物間の進化上の関係を調べる系統学、その最終的な目標は全ての生物の系統関係、すなわち"生命の樹"、を知ることだといわれています。

現在、系統関係を調べる方法の主流は遺伝子の配列を使ったものです。Genbankなどの遺伝子データベースに蓄積されているDNA配列データの量は指数関数的に増加しているといわれています。しかしその増加が生物の系統の解析の精度にどのように影響を与えているのかは、正確に測られたことがなかったようです。

筆者らは、Genbankのデータを年毎に累積し、それらのデータを使って系統解析をおこなうことによって、脊椎動物の系統樹の信頼性が1993年以降どのように増加してきたかを調べました。

その結果、脊椎動物の系統樹の信頼度はおおよそ2次関数に従って増加していることや、現在、系統樹内でブートストラップ値(信頼度の指標の一種)が50%を越える分岐が全体のおよそ4分の1に達していることがわかりました。

また、脊椎動物のグループの中にもサンプル数や信頼度に偏りがあることもわかりました。哺乳類や鳥類に含まれるグループはサンプル数、信頼度ともに高く、海生生物の値は鯨類を除いて全体的に低いということです。

この他にも系統樹の信頼性に最も影響を与えている要素は、グループ内でのサンプル比率(グループ全体の種数に対するサンプルされた種の数)であることや、遺伝子ごとの解析の結果、最も信頼性の高い系統樹を推定できる遺伝子はNADH脱水素酵素(ND2)やβフィブリノゲン(FGB)などであることがわかりました。

これらの結果から筆者らは、現在のデータの蓄積のスピードを考慮すると、2020年までに脊椎動物の全ての種のサンプルが終わり、30年後には相当な信頼度で全ての脊椎動物の系統は推定できると予測しています(図左 Thomson&Shaffer 2010より)。もちろん、これらの推定は採集の困難さなどを考慮していない推定であると補足しています。またこれらの結果をベースにして将来重点的にサンプルされるべき種や遺伝子を決定できるだろうとも述べています。

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遺伝子配列の解析スピードの増加は驚くべきものがあります。図に示されたような単調な増加はありえないかもしれません。あるいは、もしかしたらもっと早く脊椎動物の"生命の樹"は完成するかもしれません。

他の生物、特に最も多くの種が発見されている昆虫なども同様の増加を示しているのかが気になります。

以下技術的なメモ
遺伝子ごとの解析の結果、ND2がもっとも高い信頼性が得られたのがすこし不思議。
おそらく多くのサンプルが含まれている近縁のグループ内での推定だからだと思われる。論文内にもあるように、全ての階層でこの結果が成り立つかどうかはわからないと思う。

2010年4月13日火曜日

かっこよすぎる物理学者

先日のエントリの中で引用した、「ロックスター物理学者」ことブライアン・コックスの出演するBBCの番組、Wonders of the Solar Systemを見てみました。以前から気になっていたのですが、いままで見る機会が無く、今回エントリを書いたのを機に見てみることにしました。

エピソード1がイギリス国内からネットで見ることができます。
Wonders of the Solar System -BBC

感想を一言でいうと、

コックス博士がかっこよすぎます。

知性的な語り口、スタイリッシュな振る舞い、そして科学の素晴らしさを説く話の内容。どれをとっても理想的な科学者像です。

番組自体もとてもよくできています。宇宙をテーマにした番組ですが、CGをあまり使わず、地球上の映像や最新の探査機からの映像を多用しています。それらを使って地球の上で成り立つ物理の法則がいかに宇宙においても成り立つかを、わかりやすく、かっこよく説明しています。

イギリスに住んでいる人は上のサイトから無料で見ることができるので、見てみてはどうでしょうか。かなりおすすめです。