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2013年9月26日木曜日

[論文]DNAにデータを保存する

Towards practical, high-capacity, low-maintenance information storage in synthesized DNA
Goldman et al. (2013) Nature

今年の初めに出版されたSFのような面白い論文です。

タイトルの"information storage in synthesized DNA"という言葉のとおり、人工的に合成したDNAにデータを保存し、それを復元することに成功した、という内容の論文です。

DNAはとても長持ちします。保存状態にもよりますが、数万年という時間が経ったサンプルからでも情報を取り出すことができることがすでにわかっています。例えば、ネアンデルタール人やマンモスのゲノムが既に解読されています。

この論文では、その安定なDNAを超長期間のデータの保存に使うためのデータ保存法を報告しています。

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以下のような方法がDNAへのデータの保存に使われました。

まず2進数のデータを3進数のデータに変換します。(DNAは4種類あるのになぜ3進数かというと、同じ塩基が隣り合わないようにするためです。同種の塩基が隣り合う状態(例、ATTTTAC)は既存のシークエンサーでは読み取りエラーが起こりやすいので、それを避けています)

その後、3進データをDNA配列に変換し、その配列を持ったDNAを合成します。長大なDNAの鎖を作るではなく、長さ100塩基ほどの断片を、配列の同じ部分を合計4回読むようにオーバーラップさせて合成します。(重複させるのはもちろん誤りの可能性を減らすためです) 断片の両端にはデータのインデックスになる情報を付加しておきます。

このような方法を使って4つのファイル、およそ760Kバイトの情報がDNAに書き込まれました。

そしてコードされた人工のDNAは、既存のシークエンサーで配列を調べられ、その配列を解読することで、ほぼ全てのデータを復元することに成功した、ということです。(この過程でDNAは一度フリーズドライされて普通の小包で別の研究機関に送ったそうです)

試算によると、このDNAを用いた情報保存法は、数百年から数千年といった期間においては、電磁気的な媒体よりもコストパフォーマンスが高くなる、ということです。テープのように定期的にコピーをとる必要がほとんど無く、保存のコストも低いのが大きな利点のようです。また、既存の方法(PCR)などを使って増幅が簡単にできるので、データの複製も簡単にできるようです。

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SFのような話ですが、この論文を読むかぎり、意外に早くDNAを使ったデータ保存が実用化されるのでは?と思ってしまいます。

この論文の特徴的なのは、従来のDNAへのデータ保存の研究と違って3進数のコードを使ったり、DNA断片に冗長性を持たせたりしてエラーを抑える工夫がされているところだと思います。情報技術と生物学の綺麗な融合です。例えば"ホモポリマーはエラーが出やすい"といったことは多くの分子生物学者が知っていることですが、その知識がDNAにデータを保存するときにも重要になってくるというのは新鮮な驚きです。この論文の筆者はEBI(ヨーロッパバイオインフォマティクス研究所)の有名な研究者ですが、彼らの研究の幅の広さを感じさせます。

2013年8月3日土曜日

[論文]謎の巨大ウイルス

一般向けニュースでも紹介された新種の巨大ウイルスについての論文を読んでみました。

Pandoraviruses: Amoeba Viruses with Genomes Up to 2.5 Mb Reaching That of Parasitic Eukaryotes
Philippe et al. (2013) Science

ニュースのほうは例えばこちら。(論文がオープンアクセスではないので)
パンドラウイルス、第4のドメインに? ‐ ナショナルジオグラフィック ニュース


ニュースでも紹介されている通り、今回発見されたPandoravirus salinusはゲノムの大きさが250万塩基対と通常のウイルスより遥かに大きく、ゲノム上の遺伝子の大部分が未知、ということです。

もう少し詳しく論文を見ていくと、いかにこの新種のウイルスが不思議な生物(?)であるかがわかります。

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Pandoravirus salinusはチリの海底の泥の表面に住むアメーバの中から見つかりました。(もう1種のPandoravirus dulcisはオーストラリアの池のなかからです)宿主であるアメーバに寄生すると、自らのDNAをアメーバの細胞内部に放出し、宿主の細胞質内で増殖します。

ゲノムの大きさはおよそ250万塩基対で、推定された遺伝子の数はおよそ2,500です。この値は遺伝子の少ない真核生物レベルの大きさだそうです。

その2,500の遺伝子のうち、わずか186個(7%)しかNCBI(アメリカ国立生物工学情報センター。大規模な遺伝子のデータベースを公開している)のデータベース上で類似のタンパク質配列が見つかりませんでした。それ以外の93%の遺伝子はこれまで一度も見つかっていないタンパク質をコードしていると考えられます。またデータベース上で類似したタンパク質が見つかったもののうちのいくつかは宿主であるアメーバの配列に似ており、おそらく宿主から取り込んだ遺伝子ではないかと思われます。

これらの未知の遺伝子の機能を配列のモチーフや立体構造を用いて推定した結果、ATPの合成やタンパク質の翻訳といった機能を持つ遺伝子は一切見つからず、やはりこの生物(?)が、その大きさに関わらず、ウイルスであることを示しています。

また、Pandoravirusは遺伝子の一部にdsDNAウイルス(二本鎖DNAで遺伝情報を保持するウイルス)と似たものを持っているけれども、その他の遺伝子は普通のウイルスとまったく異なっていたり、本来ウイルスや細菌の遺伝子にはほとんど存在しないイントロン(タンパク質に翻訳されない遺伝子の領域)を持つ遺伝子を持っていたりします。

筆者らは論文の最後で、ある種のDNAポリメラーゼの配列を比較すると、Pandoravirusを含む巨大ウイルスのグループは従来知られた3つの生物のドメイン(真核生物、細菌、アーキア)のどれにも属さないグループを構成することから、第4のドメインが存在しているのではないか、と主張しています。

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読めば読むほど不思議な生物(?)です。これら巨大ウイルスが第4のドメインを構成するかどうかはまだわかりませんが、生物の未知の多様性を教えてくれる発見だと思いました。

ウイルスの起源や生命の初期の進化について知る重要な手がかりになるかもしれません。今現在、生物は3つのドメインに分類されていますが、もしかしたら将来的にはそれらはより多様なグループの一員に過ぎないことがわかるのかもしれません。

2010年5月16日日曜日

[論文]単一の祖先-進化の証拠

A formal test of the theory of universal common ancestry
Theobald 2010, Nature

現存する生命が単一の祖先を持つ、という説は多くの生物学者が正しいと考えている説ですが、この論文はその説を統計的な手法を使って初めてテストしたものということです。結果はやはり考えられていた通り、単一祖先説がもっとも良い説である、というものでした。

多くの研究者にとっては単一祖先説の正しさが示されたことよりも、水平伝播などの影響で、タンパク質ごとに進化の道筋が異なることが示されたほうが興味深いかもしれません。

また全体的に進化的説明の強力さを説いている部分が多く見られるので、はっきりと述べられてはいませんが、創造論者に対する反論も意図しているのかな、と感じました。論文の本文では直接触れられていませんが、テストされた仮説の中には、”人間だけが独立した祖先を持つモデル”が含まれていたりします。結果はそのモデルが最も悪いモデルだったようです。

追記(5月17日)
ナショナルジオグラフィックのサイトに下の文章より遥かにわかりやすい解説記事がありました。

全生物は同じ単細胞生物から進化した - ナショナルジオグラフィック ニュース

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以下詳しい論文の内容

全ての生物は共通の祖先から始まり進化してきたという説、単一祖先(universal common ancestry, UCA)説、は次の2つの事実から多くの生物学者によって支持されてきました。

  1. 生物が使う分子の多くが共通である(核酸、L型のアミノ酸など)
  2. 遺伝子のコードがほぼ全ての生物で共通である

しかし単一祖先説の正しさを統計的な手法を使ってテストしたり、他の説=複数祖先説との比較を厳密な方法で行った研究は今までありませんでした。

この論文で筆者は、単一祖先説と複数祖先説との2つのシナリオのどちらが現存する生物のアミノ酸配列を良く説明するかを比較することにより単一祖先説の正しさを確かめようと試みました。

筆者は現存する3つの生物のドメイン(真性細菌、古細菌、真核生物)の中から4種ずつを選び、それぞれが共通して持つ23のタンパク質のアミノ酸配列を利用して仮説の比較を行いました。単一祖先説は12の種が持つそれぞれのタンパク質が単一の系統樹にそって進化してきたとするモデル、複数祖先説はそれぞれのドメインが個別の独立した系統樹をもつモデルで表現され、それらがどれだけ良く現在の配列を説明するかが比較されました。

その結果によると、単一祖先説は他の可能性(いくつかの複数祖先説)よりもはるかに良く現存のタンパク質の配列を説明できました。単一祖先説は"少なくとも10の2860乗倍ありうる"と、筆者は具体的な数値を示しています。

生命の歴史の初期には多くの遺伝子が水平伝播(horizontal gene transfer、親子間を通さない異なる生物間での遺伝子のやりとり)によって異なる生物種間でやりとりされたり、細胞内共生などのイベントが起こったと考えられています。その影響を考慮したシナリオ(すなわち解析に使われたタンパク質が全て異なる系譜をもちうるモデル)を使った場合、水平伝播を考慮しないモデルより現在の配列をより良く説明できました。またこの場合においても単一祖先説は複数祖先説よりもはるかに良い説であることが示されました。

このような結果から筆者は、生物の系統関係とそれに沿って徐々に起こる変化(すなわち進化)によって配列の類似性を説明することが、複数の祖先を仮定するのに比較して、いかに強力な方法であるかを説いています。

以下メモ
-第一に考えられる問題点は、研究に使われたタンパク質が、そもそも同一の起源を持つ可能性のあるものである、という点。論文のなかでは、筆者はその影響は大きくないと述べている。
-実際にありうる水平伝播を伴った複数祖先のモデルは、複数の系統樹と単一の系統樹がタンパク質ごとに混ぜ合わされたモデル、あるいは、単一の系統樹上に複数のルートがあるようなモデル、だと思う。

2010年4月15日木曜日

[論文]加速する"生命の樹"の探索

Rapid progress on the vertabrate tree of life
Thomson & Shaffer 2010 BMC Biology

生物間の進化上の関係を調べる系統学、その最終的な目標は全ての生物の系統関係、すなわち"生命の樹"、を知ることだといわれています。

現在、系統関係を調べる方法の主流は遺伝子の配列を使ったものです。Genbankなどの遺伝子データベースに蓄積されているDNA配列データの量は指数関数的に増加しているといわれています。しかしその増加が生物の系統の解析の精度にどのように影響を与えているのかは、正確に測られたことがなかったようです。

筆者らは、Genbankのデータを年毎に累積し、それらのデータを使って系統解析をおこなうことによって、脊椎動物の系統樹の信頼性が1993年以降どのように増加してきたかを調べました。

その結果、脊椎動物の系統樹の信頼度はおおよそ2次関数に従って増加していることや、現在、系統樹内でブートストラップ値(信頼度の指標の一種)が50%を越える分岐が全体のおよそ4分の1に達していることがわかりました。

また、脊椎動物のグループの中にもサンプル数や信頼度に偏りがあることもわかりました。哺乳類や鳥類に含まれるグループはサンプル数、信頼度ともに高く、海生生物の値は鯨類を除いて全体的に低いということです。

この他にも系統樹の信頼性に最も影響を与えている要素は、グループ内でのサンプル比率(グループ全体の種数に対するサンプルされた種の数)であることや、遺伝子ごとの解析の結果、最も信頼性の高い系統樹を推定できる遺伝子はNADH脱水素酵素(ND2)やβフィブリノゲン(FGB)などであることがわかりました。

これらの結果から筆者らは、現在のデータの蓄積のスピードを考慮すると、2020年までに脊椎動物の全ての種のサンプルが終わり、30年後には相当な信頼度で全ての脊椎動物の系統は推定できると予測しています(図左 Thomson&Shaffer 2010より)。もちろん、これらの推定は採集の困難さなどを考慮していない推定であると補足しています。またこれらの結果をベースにして将来重点的にサンプルされるべき種や遺伝子を決定できるだろうとも述べています。

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遺伝子配列の解析スピードの増加は驚くべきものがあります。図に示されたような単調な増加はありえないかもしれません。あるいは、もしかしたらもっと早く脊椎動物の"生命の樹"は完成するかもしれません。

他の生物、特に最も多くの種が発見されている昆虫なども同様の増加を示しているのかが気になります。

以下技術的なメモ
遺伝子ごとの解析の結果、ND2がもっとも高い信頼性が得られたのがすこし不思議。
おそらく多くのサンプルが含まれている近縁のグループ内での推定だからだと思われる。論文内にもあるように、全ての階層でこの結果が成り立つかどうかはわからないと思う。

2010年3月31日水曜日

[論文]水陸両用のイモムシ発見される

Multiple aquatic invasions by an endemic, terrestrial Hawaiian moth radiation
Rubinoff & Schmitz 2010 PNAS

水中と陸上で同様に生活できるガの仲間の系統と進化に関する論文。

水中と陸上とで同様に生活できる昆虫の存在は従来知られていませんでした。しかし、この論文で紹介されている、ハワイのみに存在するHyposmocomaと呼ばれるガのグループは、水中でも陸上でも同様に活動でき、水中で蛹になることもできるということです。

DNAを使った系統解析の結果から、Hyposmocoma属の中の、特徴的な殻の形をもつ 3つのグループはそれぞれ単系統であること、そして、水中への適応はそれぞれのグループで独立に獲得されたことがわかりました。このような「水陸両用」な生活形態が複数回独立に獲得されたことを示す例は他には存在しないとのことです。

このような特殊な適応が複数の近縁の系統に何度も表れる現象はハワイのほかの生物にも見られるようです。筆者らは、そのような現象とハワイが他の地域から隔絶されていることとの関連性を指摘しています。ハワイには大陸の水系に存在する多くの水生昆虫が存在しないため、水中への適応が進化する機会が多く存在した可能性がある、と述べられています。

また、筆者らは、このガのグループはほとんどが特定の火山にある渓流近くにのみ生息し、開発などによって減少が心配される、もしくはすでに絶滅した可能性がある、とも指摘し、先手をとっての環境保護の重要性に触れています。

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この論文は新聞で紹介されていたのを見て知りました。

「水陸両用」のガの幼虫、米科学者が発見 -YOMIURI ONLINE

「水陸両用」なのも驚きですが、見た目がトビケラに良く似ているのも驚きです。特徴的な形をした殻を作ることや、絹糸を使って体を固定するといった、水中への適応も同じです。

論文を読んだ限りではハワイにはトビケラはいないようです。トビケラと近縁のガの仲間が同様の形質を進化させて、本来トビケラが入っているニッチに入っている(入りつつある?)、というのは、進化の予測可能性とか、以前紹介した論文にもあったPhylogenetic conservatismとかに関係があるような気がします。

(論文の内容はPNASにアクセスできないと見れませんが、Supporting Informationの動画は見ることができるようです)

2010年3月15日月曜日

種分化の原動力-2

先日のエントリではこちらの論文を紹介しました。

この論文はそのセンセーショナルな内容のためか、さまざまな場所で取り上げられたようです。

先週のNew Scientistの表紙を飾った記事、

Accidental origins: Where species come from -New Scientist

やNature Podcastのインタビュー、大学でのジャーナルクラブ(論文の輪読会のようなもの)のお題になったり、日本のブログでも取り上げている記事がありました。

赤の女王仮説 -サイエンスあれこれ

比較的良く知られているように、ダーウィンは著書『種の起源』の中で種分化の原因を必ずしも明確に説明していません。ダーウィンは自然選択によって適応的な進化がおこることを明確に示しました。しかし種分化については異なる適応の結果、異なるタイプの生き物のグループ、すなわち新しい種、が生まれるのは自明であるようにあつかっていたと記憶しています。(うろおぼえですが)

しかし、この論文の結果は自然選択は種分化の主原因ではない可能性を示しています。

論文内の印象的な部分を引用してみると、
"通常、種分化の後徐々におこる遺伝的な、もしくはその他の変化は、生殖隔離を引き起こしたイベントの原因であるよりは結果のようである"
と、筆者らは述べています。

この考え方は、"種分化は適応的な変化によって徐々に引き起こされる"という従来の考え方に反しています。その点がメディアなどで取り上げられた理由だと思います。

しかしこの結果には納得のいく部分が多くあります。

まず自然のなかで実際に観察される種分化の痕跡は、ほとんどが稀なイベントの結果と考えられているからです。たとえば、地理的な隔離や離島への稀な移住のイベント、染色体数の変化などはすべてこれらに当てはまります。それに加えて生物の移動能力(稀なイベントの起こりやすさと考えられる)が種分化の頻度と関係があることも知られています。

ガラパゴス諸島のフィンチのように明らかに自然選択による適応の結果、種が分化したように見える例も存在します。しかし、このような明確な例はそれほど多くみつかっていません。(それを支持するとされる間接的な観察結果は多くあると思いますが。)

また、ショウジョウバエなどをつかった種分化と自然選択に関する研究も、選択を受けるハエのグループ間はすでに隔離されていることが前提になっています。

自然界において"自然選択の結果徐々におこる種分化"があまり観察されないのは、そもそもそれがあまり起こっていないからかもしれないというのは筋が通った考えだと思います。

しかし同時に種分化のプロセスが完全にランダム性のみに支配されているというのも、少し居心地の悪い気がします。

上のNew Sceintistの記事の中のDaniel Raboskyの指摘は的を得ていると思います。
"隔離の原因になることと分化の原因になることの2つが必要である"
もし隔離のイベントが起こったとしても、完全な分化は自然選択無しでは起こりえないかもしれません。Pagelのいう"稀なイベント"がどれだけ稀であるかは、自然選択の存在によって決定されるのかもしれません。

いずれにせよ、筆者らがいう"稀なイベントのカタログのサイズを知ること"は種分化の研究の重要なポイントになると思います。

2010年3月14日日曜日

種分化の原動力-1

Phylogenies reveal new interpretation of speciation and the Red Queen
Venditti et al. 2009 Nature

種分化の原動力は自然選択ではなく稀なイベントであることを主張する論文。

この論文を最初に読んだのは12月でした。そのときは、内容やその解釈が難しかったのと、"種分化は稀なイベントによって起こる"という結論に対しても「なるほど、そうかも」ぐらいしか感じなかったので、きちんと読んでいませんでした。

ところが、この論文はメディア等に何度か取り上げられて話題になっているようです。マクロな進化の研究論文がメディアに登場することがあまりないのと、改めて読んでみるとかなり議論の的になりそうなことが書いてあったので紹介します。

長くなりそうなので、このエントリでは論文の内容の紹介のみをしたいと思います。

筆者らは、101の生物のグループから得られた系統樹の枝の長さのデータを使って、系統樹上における種分化の待ち時間(すなわち系統樹の内側の枝の長さ)の分布がどのような種分化のモデルによって最も良く説明されるのかを調べました。

比較に使われた分布は、(1)正規分布、(2)対数正規分布、(3)指数分布、(4)複数の指数分布の組み合わせ、(5)ワイブル分布の5つで、それぞれが異なる種分化のモデルから予測される枝の長さの分布をあらわします。

(1)は微小な種分化の要因が加算的に積み重なったときに種分化が起こるモデル。(2)は要因が積算的に積み重なったとき。(3)は一定の確率でおこる稀なイベントがそのまま種分化につながるとき。(4)は(3)が生物の系統ごとに異なる確率で起こるモデル。(5)は種分化の確率が時間によって変化するモデルをあらわしているそうです。

これらの分布のどれが系統樹の枝の長さの分布のデータとマッチするかを、筆者らは2つの方法で調べました。そして、そのどちらの結果においても指数分布(3)がもっとも良く観測された分布とマッチしたことを報告しています。

具体的には78%の系統樹は(3)と一致し、その後にワイブル分布、対数正規分布、(4)が8%、8%、6%と続き、正規分布と一致したデータはありませんでした。この傾向はすべての生物のグループにおいて共通でした。

この結果から筆者らは、多くの種分化はある1つの重要な稀なイベントの弾みによって起こっており、小さな原因が積み重なって起こる(すなわち自然選択によって徐々におこる)のではないと考えられると述べています。

また、この指数分布を生じるモデルの元では種分化は一定の確率でおこります。これはタイトルにある"赤の女王仮説"の予測する結果と同じです。しかし稀なイベントによって種分化が生ずるというモデルは、生物は常に競争に勝つために進化し続けるという赤の女王モデルとは一致しません。

そこで筆者らは赤の女王仮説の解釈の見直しを主張し、以下のように述べています。
"種は常に同じ場所で走り続けているというよりも次の種分化の原因を待っている"
また、
"種分化は自然選択の漸進的な力から自由であり、かならずしも他種や環境との『軍拡競争』を必要としない"
とも彼らの考えを表現しています。

この他にも種分化の確率が系統ごとに変化するモデル(4)と一致する系統樹がほとんど存在しなかったことから、従来知られている種分化のスピードが急速に変化するイベント(適応放散など)は進化の歴史において一般的ではないと述べています。

最後には種分化の研究において着目するべきなのは、ある生物のグループにどのような"稀なイベント"がおこりうるかをリストアップすることが、特定の適応のプロセスに着目するよりも重要であると、将来の研究の方向性を示しています。

なるほど、これはちょっとした話題になりそうな論文です。

この結果の解釈とメディアでの紹介については次のエントリで書こうと思います。


以下技術的なメモ
-形がとても似た5つの分布間のモデル選択を十分に正確に行えるのか
-枝の長さを通常の時間ではなく、分子進化の速さで計った部分がクール
-筆者らのモデルとは異なる仮定に基づく、"赤の女王"モデルがなぜ同様に種分化一定の系統樹を生じるのか
1つ目は2つの手法を比較してその結果がともに同じ結果を示していたので、信頼できるとは思いますが、どうしても疑いの目で見てしまいます。
2つ目は種分化の時間を推定することによるバイアスよりも、分子進化の速度のバラツキのほうが統計的に扱いやすいからでしょうか。
3つ目はオリジナルの"赤の女王"論文にあたってみるしかないみたいです。

2010年3月8日月曜日

[論文]グッピーの進化と生態系への影響

Local adaptation in Trinidadian guppies alters ecosystem processes
Bassar et al. 2010 PNAS


生態系のプロセスに、短期間で起こった進化がどのような影響を与えるかを実験で確かめた論文。

筆者らは、異なる環境で異なる表現形を進化させているグッピーを使って、進化がどのように生態系のプロセスに影響を与えるかを確かめる実験を行いました。

具体的には、2種類の環境(ここでは肉食魚による捕食圧の違い、HP: high predation, LP:low predation)から持ってきた、異なるタイプのグッピーを同じ環境のメソコスム(自然を再現した大きな水槽のようなもの)に入れて4週間飼育し、藻類や無脊椎動物の存在量や窒素やリンの存在量といった生態系のプロセスを示す量を比較しました。

その結果、高い捕食圧の下(HP)で進化したグッピーを入れたメソコスムでは低捕食圧(LP)のものと比べて藻類による生産性は多く、落葉の分解のスピードや無脊椎動物の存在量は少なくなることが観測されました。

これらの違いは、HPとLPのグッピー間の個体群の密度の違いによって生じた採餌行動やNH4の分泌量の違いが連鎖的に生態系に影響を与えた結果であろうと筆者らは述べています。また実際のHPグッピーが生息する環境では高い藻類の生産性が観られ、捕食者とグッピーの相互作用が生態系の生産性に影響を与えている可能性を指摘しています。

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はじめにこの論文のタイトルを見たとき、実際の進化をメソコスム内で起こしてその影響を調べる実験を行ったのか思ってちょっとドキドキしましが、実際には既に進化したとわかっている2種類の表現形を使ってその影響を調べたものでした。

直接進化を起こしたわけではなくても、その結果はとてもにおもしろいと思いました。

特に、結論で筆者も述べているように、生態学ではある種の個体は基本的に生態系内で同じ役割を果たすことが暗黙の内に仮定されていました。しかし、それが非現実ではないかとも言われてきました。この実験では、実際に異なる環境下で進化したグッピーの個体群は、生態系での役割も変化させることを示しています。

この結果は今まで静的に捉えられていた食物網や物質の流れは進化によって動的に変化すると言い換えるられるかもしれません。

進化生物学と生態学を統合する研究はこの研究に限らず最近の流行のようです。

2010年3月6日土曜日

[論文]進化生物学者への呼びかけ

Evolutionary Biology in Biodiversity Science, Conservation, and Policy: a Call to Action
Hendry et al. 2010 Evolution

進化生物学者は問題解決のためにもっと社会と関わっていくべきである、という意見を表明した論文。

共著者の数は18人。名の知れた進化生物学者の名前が見られます。

今まで進化生物学者は、生態学者などに比べて、自分たちの知識を社会の役に立てるための積極的な活動をあまりしてこなかった。しかし、現在の生物多様性の損失などの問題に対応するには進化生物学の知識は社会にとって不可欠である。そこで進化生物学者はそれらの問題解決のためにより積極的に知識を提供していこう、というのが全体の内容です。

進化生物学者が関わっていくべき分野は、以下が挙げられていてます(3と4は実際には一体になっている)。

1) 多様性の記述。分類学や系統学は多様性を記述する学問であり、生物多様性の理解の基礎になる。現代ではより簡単に誰でもアクセスできるデータベースの構築も含まれる。

2) 多様性の起源を理解する。現在の生態系は進化的時間の中で形作られており、その起源となるプロセスを理解することが、保全の優先順位の決定や人間活動の与える影響を予測する基礎になる。

3&4) 人間活動によって起こる進化とそれが生態系にあたえる影響の理解。人間活動が従来考えられていたよりもずっと速い生物の進化を引き起こすことが近年知られてきた。また速いスピードで起こる進化が生態系に与える影響の研究も行われている。その2つをあわせ、生物の人間活動への進化的反応と、そこから生じる生態系への影響を理解することが、生態系の保全をはかる上で欠かせない。

以上の4つのことで進化生物学者は社会に貢献できるとのこと。

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進化生物学がなんの役に立つのか、と聞かれたら、僕はは少し答えに窮してしまいます。役に立たないけど興味深いです、と答えるかもしれません。(もちろん役に立つ進化の研究をしている研究者は多くいますが)

この論文はそんな進化生物学者が社会に貢献できる分野を、流行の生物多様性の問題とからめて、上手く整理して挙げていると思います。自分自身やや同僚がやっている研究も上の4つの領域の少なくともどれか1つには当てはまるように見えます。

進化生物学は生物の多様性の起源を探る学問である、と聞いたことがあります。そのことと生物多様性の重要さを考えあわせると、役に立たないというほうが本当はおかしいのかもしれません。(もしかしたら"生物多様性"という概念自体、生態学者や進化生物学者が役立たずであるという考えを払拭するために作られたのかもしれませんが)