2010年5月24日月曜日

かっこよすぎる物理学者のDVD

先日のエントリで取り上げたBBCのドキュメンタリー、Wonders of the solar system。DVDを買って全編を見たので、ちょっと感想を書いてみます。

Wonders of the solar system

タイトルの通り内容は太陽系をテーマにした科学ドキュメンタリーで、全5回シリーズ。プレゼンターはマンチェスター大学のブライアン・コックス教授です。それぞれのエピソードごとに「大気」や「生命」などのトピックがあってそれらに関する"太陽系の不思議"を紹介する番組です。

番組内でコックス教授は地球上の様々な場所を訪れて、それと関連づけて太陽系の天体の研究結果や物理の基本法則の説明をします。(たとえば木星の衛星イオの火山の説明をするのにアフリカの火山の火口に行くといったように)。コックス教授はそのために成層圏から深海底までさまざまな場所を旅してまわります。

全体的にCGの使用が控えめで、探査機によって撮られた写真と地球上の自然を例に使って説明を進めていくのがポイントだと思います。

で、全5回を見終わった感想ですが、これはたぶん今まで見た科学ドキュメンタリーの中で一番面白いのではないかと思います。

どうしてこんなに面白いのかなと考えてみると、やはり、人類は昔より今のほうが多くのことを知っているから、かなと思いました。

現在、10年-20年前には想像することしかできなかった太陽系のさまざまな場所の様子が高性能の探査機によって、かつてないほど詳細に調べられています。そして実際の観測結果はコンピュータで作られたイメージよりもずっと説得力があり印象に残ります。土星の輪の粒子が衛星の重力でかきみだされる映像にはかなりしびれましました。

太陽系の様々な場所を実際に調べられるようになった現代に作られた番組だからこそ、今のものが一番面白いのだと思います。

それとやっぱりコックス教授がかっこいいです。

イギリス在住の人はBBCのウェブサイトで再放送がやっているので見ることができます。日本ではAmazonなどで輸入版が手に入るようです。

とてもお勧めです。

追記
土星の輪と衛星の写真がNASAのサイトにありました。番組内の映像は別の角度からの連続写真です。
Prometheus Creating Saturn Ring Streamers - APOD

2010年5月17日月曜日

[本]Why Evolution is True - 進化は真実か

Why Evolution is TrueWhy Evolution is True
Jerry A. Coyne

進化生物学者ジェリー・コインによる、現代の進化生物学についての解説書。邦題は「進化のなぜを解明する」。原題にあるように、進化が真実として認められている理由を進化生物学の様々な分野で積み重ねられた証拠をもとに解説していきます。

本の構成は最初の1章が、進化とはなにか、という進化の理論の基本的なアイデアについて。その後の2-4章はすでに知られている進化の証拠を、古生物学、発生学、生物地理学の3つの分野から紹介していきます。続く5-7章は進化のメカニズムについて。自然選択や種分化の理論の基本的な説明と近年の研究結果の紹介が主な内容です。最後の8-9章は人間の進化と進化論の人間社会への影響についてです。

本全体に進化理論は"検証可能な予測が行える"科学であるという考え方が貫かれており、文中のいたるところで理論に基づく予測とそれを支持する観測結果が進化の証拠として示されます。進化が科学的事実であるのは、進化の理論が充分にそれを支持する検証結果を積み重ねてきたからである、というのが筆者の基本的姿勢だと思います。

進化の証拠としては、化石、痕跡器官、生物の地理的分布と幅広く、かつ最も多く研究が行われている分野の研究結果がカバーされています。現代の進化生物学者が行っている研究を理解するのに最適の内容だと思いました。

ただ、この本が進化論を信じない人々を説得するのに充分か、と問われるとやはり疑問が残ります(おそらくそれがこの本の1つの目的だと思いますが)。筆者身が述べている通り、
The evidence is convincing, but they are not convinced.
証拠は納得するに足るが、納得していない。
だと思います。たぶんそこには「理解すること」や「信じること」の複雑な本質があるのではと思います。それと同時にアメリカの進化生物学者が向き合っている問題の難しさを感じます。

科学者はある理論が正しい理論であると判断することができますが、科学の理論を「信じる」ことはあまりないと思います。証拠によって支持された理論が正しいと判断することと、それが正しいと信じることは本来別のことです。しかし科学的事実にとってはそれほど重要でないことも普通の人にとっては重要かもしれません。特に信仰を持つ人にとっては。

少し長いですが筆者自身の意見として印象に残った部分を引用します。
It's not that we evolve from apes that bothers them so much; it's the emotional consequences of facing that fact. And unless we address those concerns, we won't progress making evolution a universally acknowledged truth.

我々が猿から進化したことが彼らを悩ますのではない;その事実に直面することの感情的帰結こそが問題なのである。その懸念に対応することなしには進化を一般的に認知される真実とすることはできないだろう。
進化生物学者が研究の結果の社会への倫理的な影響にまで責任を持つべきかどうかは難しい問題だと思います。また、たとえ科学者が説明を尽くしたとしても、人によっては進化が「信じる」に足るものとなりえないかもしれません。

このような困難な部分を除けば、非常によい進化生物学の入門書だと感じました。(実際には筆者の研究者としてのキャリアを考えれば"非常によいと思う"とかいうのもおこがましい感じです)

どちらかというと、進化論の布教のための本というより、良い進化生物学の教科書として学生や研究者に読まれるべき本だと思いました。

2010年5月16日日曜日

[論文]単一の祖先-進化の証拠

A formal test of the theory of universal common ancestry
Theobald 2010, Nature

現存する生命が単一の祖先を持つ、という説は多くの生物学者が正しいと考えている説ですが、この論文はその説を統計的な手法を使って初めてテストしたものということです。結果はやはり考えられていた通り、単一祖先説がもっとも良い説である、というものでした。

多くの研究者にとっては単一祖先説の正しさが示されたことよりも、水平伝播などの影響で、タンパク質ごとに進化の道筋が異なることが示されたほうが興味深いかもしれません。

また全体的に進化的説明の強力さを説いている部分が多く見られるので、はっきりと述べられてはいませんが、創造論者に対する反論も意図しているのかな、と感じました。論文の本文では直接触れられていませんが、テストされた仮説の中には、”人間だけが独立した祖先を持つモデル”が含まれていたりします。結果はそのモデルが最も悪いモデルだったようです。

追記(5月17日)
ナショナルジオグラフィックのサイトに下の文章より遥かにわかりやすい解説記事がありました。

全生物は同じ単細胞生物から進化した - ナショナルジオグラフィック ニュース

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以下詳しい論文の内容

全ての生物は共通の祖先から始まり進化してきたという説、単一祖先(universal common ancestry, UCA)説、は次の2つの事実から多くの生物学者によって支持されてきました。

  1. 生物が使う分子の多くが共通である(核酸、L型のアミノ酸など)
  2. 遺伝子のコードがほぼ全ての生物で共通である

しかし単一祖先説の正しさを統計的な手法を使ってテストしたり、他の説=複数祖先説との比較を厳密な方法で行った研究は今までありませんでした。

この論文で筆者は、単一祖先説と複数祖先説との2つのシナリオのどちらが現存する生物のアミノ酸配列を良く説明するかを比較することにより単一祖先説の正しさを確かめようと試みました。

筆者は現存する3つの生物のドメイン(真性細菌、古細菌、真核生物)の中から4種ずつを選び、それぞれが共通して持つ23のタンパク質のアミノ酸配列を利用して仮説の比較を行いました。単一祖先説は12の種が持つそれぞれのタンパク質が単一の系統樹にそって進化してきたとするモデル、複数祖先説はそれぞれのドメインが個別の独立した系統樹をもつモデルで表現され、それらがどれだけ良く現在の配列を説明するかが比較されました。

その結果によると、単一祖先説は他の可能性(いくつかの複数祖先説)よりもはるかに良く現存のタンパク質の配列を説明できました。単一祖先説は"少なくとも10の2860乗倍ありうる"と、筆者は具体的な数値を示しています。

生命の歴史の初期には多くの遺伝子が水平伝播(horizontal gene transfer、親子間を通さない異なる生物間での遺伝子のやりとり)によって異なる生物種間でやりとりされたり、細胞内共生などのイベントが起こったと考えられています。その影響を考慮したシナリオ(すなわち解析に使われたタンパク質が全て異なる系譜をもちうるモデル)を使った場合、水平伝播を考慮しないモデルより現在の配列をより良く説明できました。またこの場合においても単一祖先説は複数祖先説よりもはるかに良い説であることが示されました。

このような結果から筆者は、生物の系統関係とそれに沿って徐々に起こる変化(すなわち進化)によって配列の類似性を説明することが、複数の祖先を仮定するのに比較して、いかに強力な方法であるかを説いています。

以下メモ
-第一に考えられる問題点は、研究に使われたタンパク質が、そもそも同一の起源を持つ可能性のあるものである、という点。論文のなかでは、筆者はその影響は大きくないと述べている。
-実際にありうる水平伝播を伴った複数祖先のモデルは、複数の系統樹と単一の系統樹がタンパク質ごとに混ぜ合わされたモデル、あるいは、単一の系統樹上に複数のルートがあるようなモデル、だと思う。

2010年5月10日月曜日

海洋保護区問題-イギリス的な理屈

少し前になりますが、こんなニュースがありました。

UK sets up Chagos Islands marine reserve - BBC News

イギリス政府がインド洋に保有する領土、チャゴス諸島、を海洋保護区にするというものです。新たに創設される保護区内には商業的な漁業を一切禁止する領域が設定され、保護区全体の面積は50万平方kmで世界最大になるということです。またチャゴス諸島には200種類以上のサンゴと1000種以上の魚類が生息しており、世界でも有数の生物多様性が存在しているそうです。

生物多様性条約の締約国会議が今年行われることもあり、イギリスもそれにあわせて積極的な保護活動を行っているのかな、とNature podcastで聞きながら考えていたのですが、このニュースには続きがありました。そしてそれはとてもイギリスらしいものでした。

このチャゴス諸島にはイギリスから土地を貸与された米軍の基地があり、1960年代に基地の建設のために島の住民を無理やり退去させた、という歴史があるようです。その住民は今なおイギリス政府と島への帰還を巡って裁判を行っています。そして住民には、保護区の設定はイギリスによる島の領有を永続化するための方便に過ぎないと捉えられており、反発を招いているということです。

調べてみると、この決定に批判的な記事がいくつか見つかりました。

Chagos Islanders attack plan to turn archipelago into protected area - guardian.co.uk

Fury of Chagos islanders as Britain creates world’s largest marine nature reserve - Times Online

例えば上の記事の中で、保護区案に反対のモーリシャス政府の人物は”イギリス政府の計画は帰還を阻もうとするグロテスクなほど見え透いた計略”である、と批判しています。このほかにも”イギリス政府はチャゴス諸島の住民にはウミウシ程度の人権も認めていない”といった厳しい批判もあります。一方で、保護に賛成する環境保護団体は”もしチャゴス諸島住民が帰還したときに、彼らが資源を利用できるようにするのが保護の目的である”と、述べていたりします。
 
この問題をどのように解決されるべきかという意見は僕は持ち合わせていません。僕が偶然知らなかっただけで、長い歴史がある問題のようです。(おそらく選挙と政権交代の影に隠れて批判はうやむやのまま計画が進むのだと思います)

しかしこの問題はイギリスでしばしば見かける典型的な理屈がよく表れている例だと思います。他の例を挙げると、有名な大英博物館のパルテノン神殿の彫刻の問題があると思います。パルテノン神殿の彫刻群は長くギリシャ政府から返還を求める声があります。それを大英博物館は拒否し続けています。大英博物館の基本的な姿勢は、”文化財は人類の共有物”であり、それをイギリスの博物館に展示するのは”多くの公共の利益”がある、というものです。

過去に行った「悪行」を”人類の共有財産”や”自然保護”などの現代の美徳を使ってなんとか正当化しようとしているかのように見えるこの典型的な理屈は、見るたびにうんざりさせられます。そしてこのような正しい理屈をまとった悪徳がどれだけの人を苦労させているかを考えるとまたうんざりします。