2018年2月16日金曜日

研究は儲けにつながるのか?日経の記事について考えたこと

とても気になるニュースがあったので、それについて考えたことをここに書いておきます。

数日前の日本経済新聞の記事に以下のような記事が載りました。

博士採用増で生産性低下 企業、使いこなせず? 日経センター調査

記事の内容は、日本経済研究センターと呼ばれるシンクタンクの研究によると博士を多く雇っている会社ほど生産性が低くなる傾向があった、というものです。

記事のもとになった日本経済研究センターのレポートの公開されている部分が非常に胡散臭いものだったためネットでは大きな話題になりました。概ね「ダメな統計」の典型例として扱われているようです。

レポートをはじめに見たときはあまり内容がピンとこなかったので、すぐに興味を失いましたが、その後津川雄介先生のTwitterに解析の内容を示した表がアップロードされてのを見て、実はとても面白い内容なのでは?と考えるようになりました。
解析方法の詳細まではわかりませんが、表はおそらく重回帰分析の結果で会社の生産性が応答変数になっていると考えられます。赤いものは係数が負になったもの、アスタリスクは推定値が有意かどうかのようです。僕はこの解析結果は決して多くの人が言うようなデタラメとは思いません。面白い結果だと思います。 

会社の生産性(つまり一人当たりの儲け、正確には付加価値)は様々な変数によって説明されるようです。いくつかあげてみると...

  • 新しい会社は生産性が高い。本社が東京にあるとよい。
  • 産業ごとに生産性がかなり違う。生産性が高そうな医薬品や通信産業は高く、低いとされるサービス業は低い(ただし有意ではない)。 
  • 社内で研究をする会社は生産性が低い。
  • 研究者の数や博士の数が多いほど生産性は下がり、研究補助者が増えると生産性があがる。

問題は最後の項目ですが、最初の2項目をみるとそれなりに納得がいくので、最後の部分だけが完全に間違っているという意見はあまり信じられません。それではこの結果は何を意味しているのでしょうか...

まず自社で研究をすると儲からないということは確かでしょう。あるいは儲かっている会社は研究しないといってもいいかもしれません。そして、もし研究をするなら、博士を多く雇うよりも、博士の数を少なくする一方で研究補助者を増やすと効率的に稼げる、ということだと思います。生産性が高い会社は少数の博士と多くのアシスタントを使って研究している、と考えると必ずしも不自然な結果ではないのでは?と感じます。

もちろん解析に問題があるとは思います。例えば交互作用が一切考慮されていません。ただ変数が多い場合にうまく適切な交互作用を見つけかつ解釈するのは簡単ではありません。あとは共線性とか、コントロールするべき変数が欠けてるかも、とか奇妙な結果につながる可能性は数えれば限りがないですが、それらが本当に問題になっているかはわかりません。

一つだけ述べるなら、交互作用が考慮されなければならないとはっきりわかるのに、考慮されていない部分があります。研究補助者の数と研究者/博士の数です。研究者がいないときに研究補助者の数を増やしても生産性があがるとは考えられません(研究者のいないときは研究補助者はなにもできないからです)。逆に十分な数の研究補助者がいる状況では研究者の数の増加は高い生産性につながるかもしれません。もし、再解析するならその点を含めてほしいかなと思います。


それでは、そもそもなぜ博士をたくさん雇うと生産性が下がるのでしょうか。最初は博士の人件費がアシスタントより高いからでは?と考えましたが、違います。生産性(=付加価値/従業員数)の計算には人件費が引かれる前の利益が使われるので人件費を削減することは生産性を向上させません(多分)。正直経営の領域なのでよくわかりません。しかし研究の専門家が増えると研究に必要なコスト(高価な実験機器、試薬、電気代など)は増えるけど、儲けに繋がるアウトプットはそこまで増えないというのは、十分にあると思われます。

もし博士の数を増やしても生産性が増えないし、そもそも研究を企業ですると損をするというのが本当なら、残念ながら博士取得者が民間企業に就職するメリットはどちらにとっても少なくなると言わざるを得ないと思います。同時に企業が効率的に儲けを出す方法はかならずしも高度な研究によらない、というのはある意味あたりまえのことなのかもしれません。