2014年3月16日日曜日

剽窃・引用・コピペ

Natureに掲載されたSTAP細胞の論文と、その著者である小保方さんによる複数の論文での不適切な行為が話題になっています。

小保方さん博士論文、20ページ酷似 米サイトの文章と
小保方氏問題 理研4時間会見詳報 「科学者としては非常に未熟」

STAP細胞の真偽についてはこれからの調査を待つとして、今僕は博士論文でのコピペをめぐる意見の中に「問題無い」と考える人が多いことに驚いています。

たとえば極端な例を挙げればこちら、

武田邦彦氏によるSTAP論文問題のびっくり解説

さすがにこれは余りに極端ですが、このほかにもメソッドのコピペは当然という意見や、剽窃と引用の区別がそもそもついていない意見が散見されて、かなり衝撃でした。

科学者であり、海外で教育を受けたことのある僕の経験と考えを書いておくことが、もしかしたら誰かの役に立つかもしれないと思い、少し文章にしてみます。

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科学者が行う研究の大部分は他の科学者の仕事のうえに成り立っています。多くの研究は先人が行った研究をベースにし、そこに新しいアイデアやデータを付け足すことによって行われます。だから論文を書く時は、自分以外の研究者が行った研究に言及して自分の研究の位置付けをおこなったり、ほかの研究と比較して自分の結果の解釈を行う必要があります。

このとき、自分以外の人間が考えたアイデアや行った仕事には、”○○○○によると”、とはっきりその出所を示す必要があります。これは、どこまでが自分のオリジナルな仕事で、どこからが自分以外のものなのか、を明確にするためです。この自分以外から来たアイデアや研究の出所を示すことが「引用」です。

一方、出所を明らかにせずに、他人のアイデア(あるいは他人の表現)をあたかも自分のものであるかのように使う行為が「剽窃」です。引用が適切に行われないことが剽窃であると言い換えてもいいと思います。

法律に書いているわけではありませんが、研究者のなかでは剽窃は非常によくないこととされています。「オリジナルなアイデア」は研究者にとって最も価値あるものだからです。多分それを交換して生活するのが科学の研究者といってもいいでしょう。

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だから研究者の教育を行う場合、剽窃を避ける教育が行われるべきだし、実際行われています(少なくとも僕が博士号をとったイギリスの大学では行われていました)。

僕は留学生向けのアカデミックライティングの授業でそれを学びました。

僕が教わったことを一言でいうなら、”自分の言葉で書き直せ”、です。

他人のアイデアを引用するときは、出典を明らかにしたうえで自分の言葉でそれを書き直すこと、と本当に何度も言われました。それをせずに他人の表現を使った場合Plagiarism(剽窃をあらわす英単語)とみなされる可能性が常にあるとも教わりました。

「手法の部分ならだれが書いても同じだからコピペでもいいじゃん」、という意見もあります。しかし、たとえ同じことについて書いていても、他者が書いた文章は他者の仕事であり、その人に帰属するべきものです。だから必ず書き直すべきである、と。唯一完全な「コピペ」が許されるのは「”」で囲んで出典を明らかにしたときだけです。しかし、一文以上の文章で「コピペ」が必要なときは、やはり書き直すべきである、とも言われました。あるいは”詳細は○○○を見よ”と書いてもいいかもしれません。

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アカデミックライティングのクラスでは剽窃を避け適切な引用をする練習もしました。

具体的には、論文を読んで理解した内容を自分の言葉で要約する、というものです。
読んだ論文内の言い回しを出来る限り直接使わず自分の理解を一段落程度(あるいは一文)に要約する、ということを何度もしました。

この練習は英語の練習にもなるので、おすすめです。僕は暇がある時は今でも時折やっています。

たとえば先日紹介したGoldman et al. (2013)の論文を僕が自分の言葉で1文に要約するなら、こんな感じになります。

Goldman et al.(2013) developed a novel robust method to store information in DNA fragments using ternary coding and redundant sequence coverage.

自分の言葉で書いた文章は、意外なほど他人の文章と一致することがありません。(もちろん似ることはあります。さすがにここまで短いとあまり自信がないかも...)
一文が似ていても自分の言葉で書き続ける限り、何十行にわたって全く同じになることは絶対にありえません。多分文章には書いた人のボキャブラリーや表現の癖、そしてなにより研究の内容に関する理解が反映されるからだと思っています。 

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渦中の小保方さんは”論文の盗用が悪いと思わなかった”と言っているといわれています。もしそれが真実だとするなら、博士課程で十分な教育と訓練が行われていなかったということになります。

自分の言葉で英語が書けるようになるには時間がかかります。僕もまっとうな文章がようやく書けるようになったのは外国に住んで5年以上たってからですし、今でも英作文は難しいと思っています。

ただ、英語力と「適切な引用方法」を切り離して考えることはできると思います。
日本語でレポートを書く時でも、 このアイデアはどこから来たのか、自分自身の考えはどこからどこまでか、を区別し適切な引用をする訓練をすることはできるはずです。

そんな地道な教育を続けることだけが、このような不祥事を減らす方法だと僕は思います。